
日本刀の販売・ご案内(明倫産業TOP) 》 展示刀剣一覧 保管庫
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※表示の価格は全て税込です。 |
| No. | 種別 | 銘文 | 時代 | 長さ(cm) | 反り | 重ね | 解説 | 証書 | 質 | 付属 | 価格 |
| 脇差 | 助次 |
江戸 初期 |
45 | 1.4 | 0.72 | 時代江戸初期の関の刀工であろうか、助次名は全国各地にある為に確たる誰とはわかりませんが、地金は板目に処どころ大肌が交じり、刃紋はのたれ刃に互の目尖り刃が交じり美濃の系列の刀工で有ることは良くわかります。江戸初期の美濃刀工の脇差をお楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 短刀 | 羽山正寛作 |
大正 | 22.8 | 0 | 0.74 | 初銘正寛、後羽山円真。源清麿の弟子鈴木正雄の門人。豊橋藩士。本短刀は68歳の時の短刀で山城粟田口風の直刃を焼いて上手です。羽山円真は明治、大正期日本を代表する刀工です。是非お楽しみ下さいませ。 | 店 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 伝越前関 |
江戸 初期 |
43.8 | 1.6 | 0.72 | 慶長年間に結城秀康が福井に城主となった為に、その名声を慕って各地より多くの刀匠も集った、美濃の関鍛冶も多く移住し、世に越前関と呼ばれています。その代表が肥後大掾貞国、越前康継同人と言う。本脇差は無銘なれど、先反りのついた無骨な戦国時代の雰囲気を残し、地金は板目肌になめくじの這った後のような典型的な黒っぽい越前地金を現わし、刃紋はのたれ刃に互の目の足が入り如何にも越前関の代表のような名脇差です。拵えも幕末の拵えが貴重です。 | 保 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 伝末関 |
室町 末期 |
46 | 1.3 | 0.7 | 約450年前に作られた、関の刀工の脇差です。地金は板目に柾が流れ、刃紋は尖り互の目刃が顕著に表れ戦国時代の関鍛冶の作品であることが証明されます。武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が戦国乱世を活躍した同じ時代に活躍した本脇差に敬意を表します。拵えは幕末時代の裃差の正式の拵えとなり、幕藩体制中は武士の大切な腰の物として大切にされたものです。450年以上大切にされた脇差をお楽しみ下さい。 | 保 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 美濃守寿命 |
江戸 初期 |
46.5 | 0.9 | 0.7 | 寛文1661年頃美濃の刀工。初代上野守寿命の子。本脇差は小板目肌良く詰み強い地金になり、刃紋は互の目の中に丁丁子刃が規則正しく五つずつ焼かれ非常に覇気ある刃紋となっています。この様な刃を焼ける刀工は素晴らしく腕の良い刀工でなかなか焼ける刃紋ではありません。寿命の名は昔からお目出度い名の為に大変貴重品として扱われたものです。 | 貴 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 美作住昭徳作 |
現代 | 60.8 | 1.7 | 0.69 | 本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は備前伝匂い出来の互の目丁子刃、素晴らしく古刀に近い刃を焼いて上手です。刃中所々に鍛傷が出ていますが良く鍛錬された証拠で、強靭な地金をしています。拵えは近年の拵えですが、楽しめる拵えとなっております。岡山県美作住昭徳の数少ない貴重な刀をお楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 肥前国住行次 |
江戸 初期 |
49.8 | 1 | 0.74 | 行次銘は大変珍しく、肥前国忠吉の孫である出羽守行廣の関係刀匠と思われます。本脇差は小板目肌が良く詰み所謂小糠肌で刃紋は肥前刀の代表的刃紋の直刃を素晴らしく堂々と焼き上げ、刃の真ん中頃に素晴らしく覇気ある湯ばしりを自然に現わしています。姿も元末の差が余りなく江戸初期の寛永1630年頃の体配を現わし、肥前刀の最盛期の名脇差です。肥前刀は江戸時代の刀の代表的刀でそして全ての侍に愛された刀の一つです。 | 保 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 濃州住武山義尚作 |
現代 | 65.4 | 1.36 | 0.8 | 武山勲。関市長住町。元陸軍受命刀工。陸軍軍刀技術奨励会入選。明治41年生まれ。本刀は孫六兼元写しの有名な関の三本杉を素晴らしく大胆に焼いた覇気ある刀となっております。是非お楽しみ下さいませ。 | 店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 大和守源兼信作 |
江戸 初期 |
50.2 | 1.1 | 0.7 | 兼信の祖先は直江志津兼信で室町期には善定派に受け継がれ新刀期に至っています。本脇差は江戸初期寛永時代の田代源一兼信の子で大和守を受領しました。新刀美濃寛文1661年頃の作品です。鎬造で地金は板目肌良く詰み青黒く光り美濃の独特の地金を鍛え、のたれ刃に互の目を交え覇気ある刃を焼いています。新刀美濃の刀は大変貴重で、殆どの鍛冶は地方に出て行っておりました。美濃本国の刀匠の名脇差をお楽しみ下さいませ。 | 店 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 短刀 | 祐定 |
江戸 初期 |
17.2 | 0 | 0.58 | 約380年前。本短刀は有名な備前長船祐定の典型的な互の目丁子刃の名短刀です。本短刀は刻み短刀拵が大変貴重です。戦国時代短刀は鎧どうしといわれ甲冑武者が組討で勝敗を決する時に使われる武士の命に掛かる大事な短刀です。現在柔道で押さえ込み30秒で1本勝ちになりますが、それは相手を押さえ込んで鎧どうしを抜いて相手を指す時間が30秒であれば可能との時間です。 | 店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 伝筑紫了戒 |
室町 初期 |
66.9 | 1.4 | 0.69 | 本刀は地金小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は備前伝匂い出来の互の目丁子刃、素晴らしく古刀に近い刃を焼いて上手です。刃中所々に鍛傷が出ていますが良く鍛錬された証拠で、強靭な地金をしています。拵えは近年の拵えですが、楽しめる拵えとなっております。岡山県美作住昭徳の数少ない貴重な刀をお楽しみ下さい。 | 保 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 関住土岐直正 |
現代 | 65.7 | 1.5 | 0.7 | 孫六兼元写。 本刀は地金素晴らしく良く詰み、無地風を現わし、刃紋は孫六兼元の三本杉の刃紋を素晴らしく明るく焼いています。棒樋も深く上手に入れられ拵えも現代の拵えですが、立派な拵えが付き、本刀に一段と華を添えています。素晴らしく調子よく作られた現代刀をお楽しみくださいませ。 |
店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 羽州一宮表口住鳥海麿正峯 |
明治 | 37.6 | 1.1 | 0.7 | 羽州(うしゅう)は山形県と秋田県にまたがる地方です。鳥海麿は鳥海山より名を取ったものと思われます。作品非常に少なく、本脇差はその中でも第一の傑作の脇差です。姿切っ先延びた豪壮な姿で、地金は小板目が素晴らしく良く詰み、刃紋は直調に互の目の足が良く入り、刃中素晴らしく良く働いています。明治の廃刀令が無ければもっともっ有名になった刀工しょう。お楽しみ下さい。 | 保 | ◎ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 平城 中嶋氏秀作 |
現代 | 69.2 | 2.3 | 0.78 | 本刀は地金小板目肌素晴らしく良く付き、備前長船の名工景光の片落互の目刃を下から先まで素晴らしく良く焼き、相当の腕の立つ刀工の作です。氏秀は戦争中の刀工の為か、戦後作刀していないためか、または名を戦後変えたためか、刀工銘鑑に載っていない隠れた名工と思われます。是非お楽しみくださいませ。 | 店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 長運斎江村作 |
昭和 | 66.4 | 1.7 | 0.8 | 長運斉江村は岡山の刀工。国策で日本刀をお多くに世に出しています。品質管理が素晴らしく良く出来ていた為に、本刀の様に素晴らしい刀が作られています。本刀は小杢目素晴らしく良く詰み、刃紋互の目に丁子刃を交え、にえ深く明るく冴えています。古来大変人気のある刀工で 靖国刀と同じく現在は見ること大変少なくなった貴重な刀です。長運斉江村の刀をお楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 軍刀 | 濃州関住宗忠鍛之 |
昭和 | 66.8 | 1.4 | 0.76 | 関の現代刀工宗忠刀匠の昭和17年の本鍛錬刀です。姿豪荘で地金小板目肌良く詰み刃紋互の目の頭が素晴らしく良くそろい足も素晴らしく入っています。備前長船祐定写しの見事な刃紋を焼いています。御国を背負った武勲の名刀をお楽しみ下さいませ。 | 店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 太刀 | 文殊重(重国) |
江戸 初期 |
72.7 | 1.2 | 0.64 | 二代南紀重国。初代南紀重国と同じく、紀州藩藩工。明暦から寛文の作刀が有ります。銘に文珠と切るので文珠重国と呼んでいます。紀州藩主徳川頼宣の相手鍛冶を務めました名門刀工です。本刀は本来2尺7寸以上あった長大な刀を3寸程すり上げています。地金は板目肌良く詰み、刃紋は大互の目刃素晴らしく覇気が有り、刃中に金筋砂流し素晴らしく良く現われ、二代南紀重国の傑作刀です。 | 丸 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 短刀 | 氏房 |
室町 末期 |
34.3 | 0.4 | 0.69 | 元亀1570年頃美濃の名工兼房の三男、天文三年濃州岐阜に生まれ、ほどなく関に移る永禄十三年四月二十二日若狭守を受領。永禄十年岐阜城下に移り、天正五年安土に移り、信長没後岐阜に帰り、後尾州清州に移る。本脇差は地金板目肌に細かな地にえが付き、刃紋は大模様の所謂兼房みだれと言われる。タコの頭を並べたような大互の目刃を素晴らしく明るく上手に焼いています。拵えも肥後拵えの元と言われる歌仙拵えを模して藍鮫の鯉口から栗型下まで一分刻みで刻み今は出来ない素晴らしい拵えです。氏房の典型的な名品をお楽しみ下さい。 | 店 | ○ | 拵 | 売約御礼 | |
| 脇差 | 備前国守久 |
南北 朝 |
32.1 | 0.6 | 0.58 | 南北朝時代の至徳(1384年)頃の備前長船小反派の守久の平造りの名脇差です。地金は小杢目肌良く詰み、刃紋は匂いできの小互の目素晴らしく良く冴え刃区より素晴らしい棒映り立ち南北朝時代の良き働きを現わしています。守久は大変有名ですが、現存作少なく貴重な脇差です。小反派は南北朝時代長船正系兼光一派に属さない刀工群を言いますが、どれもこれも出来素晴らしく、本脇差も兼光に負けない位良く出来ております。625年前の脇差をお楽しみ下さい。 | 得能 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 肥前国保則 |
現代 | 72.1 | 1.95 | 0.74 | 本名元村保廣佐賀県住。昭和24年生まれ。新作名刀展入選多数。本刀は姿豪壮で反りやや深く重厚な姿を素晴らしく良く現わし、地金小板目肌素晴しく良く詰み地金に光沢が有り美しく地金の良さを現しています。刃紋は互の目丁子刃交じり。にえ匂い深く素晴らしく明るく良く出来ています。肥前刀復興に燃える若き保則刀匠新作名刀展出品刀の影打ちの名作をお楽しみください。 | 店 | ◎ | 拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備州長船祐定 |
室町 末期 |
68.4 | 2.5 | 0.8 | 本刀は永禄2年1559年今から450年前織田信長が京に入った時に作られた、名工備前長船祐定の典型作です。身幅広く重ね厚く切っ先長く、先反りの付いた豪壮な姿に、地金板目肌良く詰み、刃紋は腰の開いた複式の互の目丁子刃焼き高く、非常に覇気の有る焼きを入れています。この様に豪壮な刀は侍大将の持つべきもので、名の有る武将の持ち物で有ったと想像されます。戦国時代の花の有る備前長船祐定の名刀をお楽しみ下さい。 | 保 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 友重作 |
南北 朝 |
69.4 | 1.9 | 0.73 | 初代友重は来国俊門と言い越前藤嶋住、貞和1345年頃の刀工です。本刀は五代目文明1469年頃の加賀住次兵衛友重です。本刀は地金に柾が交じり、白気映りが立ち、良く錬れて地にえがついて、刃紋は匂い出来で小にえのついた互の目刃が連続しています。友重の刀は古来切れ味が良いので有名です。後々十数代続のはその様な切れ味良い刀の名声の為に古来大変大切にされた刀です。本刀も江戸時代の太刀はばきが付いていますので、大名の糸巻太刀拵えに入り大切にされたものでしょうお楽しみ下さい。 | 特 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備前国長船祐定 |
室町 末期 |
72.6 | 1.5 | 0.8 | 永禄元年(1558年)450年前に作られた、備前長船祐定の利刀造の素晴らしい名刀です。利刀造とは鎬を薄くした造です。地金板目肌良く詰み直調の刃紋素晴らしく良く出来、刃中明るく冴えています。永禄元年は丁度豊臣秀吉が織田信長に仕えた年で、2年後に今川義元と戦った桶狭間の戦いであり、本刀はその2年前の作です。数百年の時をしっかりと大切に守られた名刀をお楽しみ下さいませ。 |
保 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 長州住藤本左門盛秀造之 |
江戸 末期 |
75 | 0.7 | 0.79 | 元治(1864年)盛秀は長運斎綱俊門で固山宗次の門人である青龍軒盛俊の門人です。本刀は勤皇刀として造られ長大で反り浅く小板目肌良く詰み直刃に素晴らしく良く足が入り本名まで入れた盛秀の会心作となっています。長州藩士が都に上り維新の回転に大いに気勢を上げて天下国家を論じる時に勤皇の獅子の腰にしっかりと我が主人とともに歩んだものと思われます。時代の名刀を是非お楽しみ下さい。 | 会 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備前國住長船祐定 |
室町 末期 |
72.7 | 1.6 | 0.72 | 天正三年1575年の作、本年5月には 武田勝頼と織田信長、徳川家康の連合軍による長篠の合戦が行われた年です。天下は大きく織田信長によって統一に向かって大きく動きだした時に作られた 祐定の名刀です。本刀は地金板目肌素晴らしく良く詰み、直刃元から先までむらなく焼かれ、刃中もすこぶる明るく良く出来ています。祐定の直刃はとても少なくしかも良く出来ている所を見ると、注文により造られた刀です。 | 丸 | ○ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 宝永四年十月吉日金重作之 |
江戸 中期 |
89.3 | 3 | 0.74 | 1707年、今から302年前、元は美濃関の刀工金重の長大な名刀です。地金は小板目肌良く詰み鎬柾目肌現れ、刃紋は互の目乱れ刃中素晴らしく明るく良く出来ています。長大な刀は普通の刀の3倍以上の手間暇がかかり、刀匠としては大変難しい作刀となります。焼き入れも焼き入れをする水桶自体大変大きい水桶が必要で刀身も元から先までむらなく焼くのは至難の業です。本刀は素晴らしい焼き入れを行い金重の技量抜群であることを示しています。拵えも当時の拵えが残り大変貴重です。お楽しみ下さいませ。 | 保 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備州長船祐定作 |
室町 末期 |
72.4 | 1.8 | 0.74 | 永禄(1560年)頃有名な備前長船祐定の名刀です。本刀は地金すこぶる良く、小板目肌が良く詰み、地金が素晴らしく透き通った明るさを持ち、腰の開いた互の目丁子刃すこぶる明るく、むらなく焼き上げて名刀の一口です。注文主の名は有りませんが、長寸でもあり、馬上の侍大将の特別の注文品でしょう。織田信長と今川義元の桶狭間の戦いや、徳川家康が織田信長と同盟を結んだ時期の備前長船祐定の名刀を拵え共々お楽しみ下さいませ。 | 丸 | ○ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 備州長船勝光 |
室町 末期 |
61.5 | 1.6 | 0.78 | 右京亮勝光の子次郎左衛門尉勝光の古刀最上作の勝光の名刀です。本刀は小板目肌に杢が交じり良く詰んだ地金に互の目丁子刃を焼き刃中素晴らしく良く働いています。叔父左京進宗光、与三左衛門尉祐定との合作の刀もあります。勝光の中でも右京亮勝光とこの次郎左衛門尉勝光の技量素晴らしく古来から大切にされております。有銘古刀大鑑にほぼ同じ次郎左衛門勝光の作品が掲載されています。健全無比な備前長船勝光の名作を御覧ください。 | 保 | ◎ | 白拵 | 売約御礼 | |
| 刀 | 荘司美濃介藤直胤 |
江戸 末期 |
70.5 | 0.8 | 0.75 | 幕末の名工最上作直胤の代表作として有名な名刀のコピーです。本刀は相州正宗写しの互の目丁子刃に金筋かかり、素晴らしく良く出来た、古作正宗を見るような素晴らしい出来です。直胤の最上作は本歌に見間違うばかりの素晴らしい出来で、本刀も直胤のコピーの代表作の1口です。古来大慶直胤は非常に有名ですが現存作があまり世に出る機会非常に少い為コピーで我慢してください。 | 店 | ▲ | 白 | 売約御礼 | |
| 刀 | 近江守高木住助直 |
江戸 初期 |
65.6 | 1.2 | 0.78 | 寛永16年(1639年)近江国高木に生まれる。延宝3年(1675年)津田越前守助廣に請われて妹婿となりました。それ程腕の立つ名工です。助廣の門人よりは客分扱いだったようです。本刀は地金小板目肌が良く詰み、地にえが付き、刃紋は互の目刃素晴らしくにえ、匂い深く 明るく焼かれています。表には真の上り龍。裏には真の下がり龍を見事に彫り上げています。助直の名刀をお楽しみ下さいませ。 | 特 | ◎ | 白 | 売約御礼 |
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