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日本刀鑑定証については    
日本美術刀剣保存協会 特重(特別重要刀剣)、重(重要刀剣)、特(特別保存刀剣)、保(保存刀剣)、
甲(甲種特別貴重刀剣)、丸(特別貴重刀剣)、貴(貴重刀剣
その他の鑑定 会(日本刀剣保存会)、藤(藤代松雄)、柴(柴田光男)、店(当店の保証)
質については ☆(特優品)、◎(優品)、○(標準品)、△(やや程度不良品)、希(希望銘)
付属品 白(白鞘)、拵(拵え)
※表示の価格は全て税込です。
ここは過去に取り扱った日本刀を並べています。現在 販売されている展示 日本刀 はこちら
No. 種別 銘文 時代 長さ(cm) 反り 元重 解説 証書 付属 価格

圓龍子義秀(上杉家名物水神切兼光写)
江戸
末期
65.2 0.8 0.91 長さ2尺1寸5分
義秀は水戸徳勝の養子で一貫斉義弘の子義勝の子供です。幕末慶応頃(1865年)(151年前)の作です。本刀は平造で重ねが厚く真の棟で、地金は板目肌を鍛え地景が現れ、彫は表は草の剣巻龍裏は蓮華に護摩ばしを見事に彫り上げています。刃紋はのたれ乱れ刃が奔放に焼かれ返りを深く焼き地には皆焼を見事に焼き上げ、刀姿は平造の水神切兼光の姿を現して地刃は相州廣光の奔放な皆焼刃を現し見事です。この度生で出たために棟に薄錆も有りますがそれも御愛嬌です。今回御持ち主様の特別の御好意で格安にて御提供いたします。水神切兼光を写した名刀を是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

和泉守藤原兼定作(之定)(最上大業物)
室町
末期
69.7 1.8 0.68 (刀剣乱舞で有名)
永正十一年二月日
千両兼定(推定今の価格で5000万円)
生国甲州で関に来て初代兼定門人となり、後に養子となる。孫六兼元と兄弟の契りを結び兄貴分です。永正の初め頃に和泉守を受領。本刀は小板目肌詰んだ地金に柾が交じり、地沸が付き、刃紋は互の目丁子乱れ如何にも最上大業物の切れ味良い大変覇気の有る刃を焼いています。兼定の年紀のある作品少なくこの永正十一年(1514年)期は大変資料的価値も大きいものです。兼定は古来有名ですが現存作少なく大変貴重な刀です。古来戦国大名が競って手に入れたかった和泉守藤原兼定をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

肥後延寿太郎宗廣(同田貫)
江戸
末期
78.5 1.8
0.92 弘化二年三月日
有名な同田貫の名刀です。宗廣は同田貫上野介十代の孫と称する同田貫の末尾を飾る名工です。刀剣愛好家は必ず1口は持ちたいと思う同田貫の刀です。本刀は宗廣の豪快な代表作です。互の目丁子刃におい深く覇気有る刃を焼き、典型的な宗廣の名刀です。同田貫派の刀は戦後一番出世した刀の一本です。古来有名な同田貫の名刀をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

九州肥後同田貫(正国)
室町
末期
65 1.7
0.82 小山左馬介、同田貫上野介、初銘国勝と切り後、加藤清正より正の字を賜り正国とあらためる。本刀は同田貫の刀として古来より余りにも有名な名刀ですが、残念ながら同田貫の刀は殆んど現存作なく貴重な名刀です。正の字の一のみ判読できます。天正頃の体配で身幅広く重ね厚く切っ先伸びて豪壮な姿を現し板目が流れ互の目小乱れ刃を焼き金筋砂流しを盛んに刃中に交えその鋭利さを持って賞玩されています。いかにも業物として名高い名品。萬屋金之助の子連れ狼での刀としてあまりにも有名です。同田貫の貴重な名刀をお楽しみください。 白鞘 売約御礼

一 肥前国出羽守藤原行廣(初代)
江戸
初期
73.8 2.1
0.75 初代忠吉の孫で河内大掾正廣の弟寛文3年(1663年)出羽守受領慶安3年長崎に行き薬師寺四郎右衛門より阿蘭陀鍛えの鍛法を学び以阿蘭陀鍛作の添え銘を切っている刀も有ります。又銘に一あるいは一文字と切っているのは後に石堂派の鍛冶から備前伝の鍛法を習ったからで 鍋島左京の抱え鍛冶。本刀は地金小板目が良く付き細かな地沸がつき地景が現れ、刃紋は直刃に小互の目を元から先まで交え見事に焼き上げています。業物としても有名で肥前刀の代表刀匠の一人です。 白鞘 売約御礼

肥前国宗次
江戸
中期
73 2.2
0.8 (脇坂家伝来太刀拵付)
肥前国伊予掾宗次の四代享保頃(1717年頃)の名刀です。地金は小板目肌よく詰み肥前刀の真骨頂の直刃を素晴らしく力強く焼き上げた大名からの特別注文品です。太刀拵えも脇坂家の桔梗紋をあしらった素晴らしい太刀金具が一層本太刀の価値を高めています。今回初めて世の中に出てきました。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
薙刀
九州肥後同田貫上野介 慶長十六年正月吉日(同田貫正国)
江戸
初期
42.8 2.2 0.8 (刀剣乱舞で有名)
長さ 1尺4寸1分
慶長十六年(1611年)(401年前) 本薙刀は世にあまりにも有名な「九州肥後同田貫正国」「九州肥後同田貫上野介」と称する小山左馬介の名薙刀です。年期作は無く年期の有る本薙刀は大変貴重です。正国は初銘国勝と切り後加藤清正より正の字を賜り正国と改めました。子ずれ狼で肥後同田貫は全国的に有名です。同田貫一派は戦国時代に一門が栄え文禄の役には加藤清正に従って渡海朝鮮で鍛刀したとも伝えられています。本刀は小板目に柾まじり刃紋は直調にのたれに互の目みだれ大変良く出来ています。現在人気第一の肥後同田貫正国の薙刀をお楽しみください。
白鞘 売約御礼

備中国水田住国重
江戸
初期
60.4 0.9
0.67 (鍔 山城国伏見住金家(後代) 縁頭こ尻菊花の図銀地高彫 柄猿皮巻 鞘ひねり刻黒蝋鞘拵付)
備中国水田国重の刀です。時代は寛永(1624年)頃俗名が有りませんが、大月与五郎国重あたりの作刀と思われます。地金は板目肌良く詰み、刃紋は互の目乱れ刃明るく大変良く出来ています。古来備中水田は相州伝で巧みに刀を造り人気の高い刀工です。特に拵えが豪華で素晴らしく本刀を一層華やかにしています。
白鞘
拵え
売約御礼

伯州住廣賀作 天文五年八月日
室町
末期
69.7 2.4 0.73 長さ2尺3寸
本刀は天文五年(1536年)(479年前)期の有る大変貴重な作品です。二代目の廣賀で上手な見田兵衛廣賀の刀です。鉄砲伝来の前7年前の作です。本廣賀は初代相州綱廣の門人と言われ、本刀は反りの深い元幅と先幅の差が少ない切っ先の延びた元は2尺4寸程有った豪壮な姿を現し、棒樋を角留にし添え樋を掻き、地金は板目に杢が交じって良く詰み、刃紋は互の目乱れ刃に尖りが交じり刃中葉が現れ、大変覇気有る刃を焼き趣のある刀です。江戸期の拵えが素晴らしく、鞘は印籠刻み鞘に、豪華な金具が赤銅魚々子地一作拵えの金具が素晴らしく豪華です。今回初めて世に出たために一部刃中にえくぼが有りますがそれも御愛嬌です。格安にて御提供です。伯州廣賀の名刀をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

備州長船祐光 文明三年八月日
室町
中期
62.3 2.1 0.69 長さ2尺6分
本備州長船祐光は有名な名工、備前長船勝光、宗光の父であり本刀は文明三年(1471年)(544年前)応仁の乱が始った時あたかも4年後に作られた備州長船祐光の刀です。本刀の姿は備前長船独特の腰反り深く抜き打ちに適した姿で、地金は板目肌良く詰み元から棒映りを現し、全体に乱れ映りが現れ格調が高い刀です。刃紋は元は備前伝独特の腰の開いた互の目刃を焼き見事です。拵えも江戸期の鍔は鉄地梅と人物の図、縁頭は赤銅魚々子地人物の図、目貫は琴を弾く女官の図が本備前長船祐光の刀に一層華を添えています。何十年ぶりに世の中に出てきた為に。破格の特別価格でお譲りいたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

脇差

伝了戒能真(朱銘光遜花押)・伝兼春(大小鮫鞘拵付)
室町
初期
室町
末期
63.5
36
2.3
1
0.73
0.67
長さ:大刀2尺9分 小刀1尺1寸9分
大刀は来国俊の子が了戒で室町期に九州筑紫に移住したものを筑紫了戒と呼称いたします。了戒能定を祖とし、能定の子が能真で、本太刀は応永頃(1394年)(622年前)頃の太刀です。姿は鎬がやや高く細身で元に踏ん張りが有り、反りは腰反りで反りの深い気品のある太刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み地沸が付き柾肌が交じり見事な映りを現し、刃紋は匂い出来の直調の刃をきりりと焼き、山城来国俊の子了戒の末裔で大変貴重な、本阿弥光遜先生が了戒能真と今では時代が経ち朱銘が良く判りませんが了戒能真の貴重な太刀です。
小刀は伝兼春は室町時代弘治頃(1555年)(461年前)濃州関の刀工です。姿は菖蒲造の豪壮な姿を現し、地金は板目肌に柾目肌を現し、地には淡く乱れ映りが現れ、刃紋は互の目乱れ刃に尖り刃を交え大変覇気有る刃を焼いています。 拵えは高価な鮫鞘に鉄地の大小鍔を付け縁頭は赤銅魚々子地武者の図をあしらい、目貫は龍の目貫を付けた大変豪華な拵えが付いています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。


白鞘
拵え
白鞘
拵え
売約御礼
短刀
国平作(39歳作) 正宗写
現代 24.6 0 0.67 河内国平刀匠は奈良県重要無形文化財、無鑑査刀匠として余りにも有名な人気第一の名工です。人間国宝、宮入昭平刀匠と人間国宝、隅谷正峰の両方に、学ぶという大変研究熱心な名工です。本短刀は相州正宗を狙った快心作です。姿は鎌倉後期の力強い姿に真の棟、地金は小板目肌がよく詰み、力強い地金を鍛え、刃紋は相州伝  のたれ乱れ刃を沸深く焼き上げて正宗の短刀に迫り成功しています。お楽しみください。 白鞘 売約御礼

行光(加賀)(業物)
室町
中期
68.3 1.8 0.66 (古刀)
長さ2尺2寸5分
行光は本来相州正宗の父として有名ですが、本刀は昔は相州行光と良く間違われた加賀の行光です。文明(1469年)頃(546年前)の刀です。先祖は藤島友重の次男が藤島行光で真景の門人になり、行光が代々続いています。本刀は業物で名高い4代目の行光でしょう。姿反り浅くしっかりとした刀姿が美しく、地金は板目に柾が交じり、地沸が付き刃紋は沸の付いた互の目乱れ刃に足が良く入り、良く出来ています。如何にも業物の焼き刃を現しています。拵えも江戸期の立派な拵えが高級武士のお持ち物であった事が伺われます。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供です。業物の古刀の加州行光の刀をお楽しみ下さい。
白鞘
拵え
売約御礼
短刀


太阿源貞一彫同作(花押) 昭和五十八年癸亥二月吉日(人間国宝)(包丁正宗写)

現代 22.4 0.1 0.61 長さ7寸4分
人間国宝月山貞一刀匠は明治40年生。昭和41年祖父貞一の名を襲名。昭和46年人間国宝に指定されています。人間国宝月山貞一刀匠の作品は実に現存作余りにも少なく世に幻の名刀として聞こえています。本短刀は月山貞一刀匠が国宝包丁正宗を写した名短刀です。正しく姿は包丁正宗で、刃紋は相州伝の互の目のたれ乱れ刃沸良く付き刃中金筋や砂流し多く働いて最高傑作品です。月山の家伝の有名な彫は表裏に包丁正宗の爪付二筋樋を透かし、月山の彫の真骨頂を現しています。人間国宝月山貞一刀匠の包丁正宗写しの短刀は、古来お持ちの方は刀剣界でも特別に有名な方に限られ、素晴らしく高価であったと伝えられています。人間国宝月山貞一刀匠の最高傑作品です。幻の包丁正宗写しの短刀をおたのしみくださいませ。
白鞘 売約御礼
太刀


筑前住信国源五兵衛吉政作 元禄九丙子年九月日

江戸
中期
75.8 4.4 0.84 長さ2尺5寸 反り1寸4分5厘
吉政は信国十二代目と称し福岡黒田藩工として活躍した刀工です。本刀は反りが素晴らしく深く元身幅広く、先身幅も広い豪壮な特別の注文打ちの刀です、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂出来の当時大坂の津田越前守助廣が考案し大いに好まれた濤乱刃を見事に焼き上げています。濤乱刃の焼き入れは大変難しく、吉政の腕の良さが光ります。元禄九年(1697年)(319年前)の作で、平四郎吉政が一時源五兵衛と名乗っていた事も資料的に大変価値ある刀です。現在も生まれたままの生刃が残っているのが又貴重で素晴らしく健全な名刀です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

兼房作(織田信長の抱え鍛冶)(若狭守氏房)
室町
末期
68.4 1.3 0.71 長さ2尺2寸5分
兼房五代目弘治二年(1556年)(460年前)長兄石見守国房より惣領職を譲られ善定嫡家を継ぎ、織田信長の推挙で永禄十三年(1570年)(446年前)若狭守を受領してほどなく氏房と改めました。本刀は室町末期織田信長と浅井長政が戦った姉川の戦いの丁度その時分に作られた刀で元は2尺5寸以上あった刀を現在は3寸程すり上げた上品な刀姿を現し、地金は板目肌良く詰み地には地景を現し棟には棟焼きも現れ覇気有る地金を鍛えています、刃紋は匂い深く小沸の付いた互の目を元から先までむら無く焼き、刃中金筋や砂流しが盛んに現れ見る者に感動を与える刃紋を焼き上げています。拵えも江戸期の鉄金具揃いの付いた豪華な拵えが本刀に一層華を添えています。今回世の中に生で初めて出たために特別に格安にて御提供いたします是非お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
志津(正宗十哲)
南北
47.8 1 0.69 長さ1尺5寸8分
志津とは元来美濃の地名ですが、この地に大和手掻派出身で相州正宗の門人である兼氏が住み、志津三郎兼氏と称した事による兼氏を示す通称です。兼氏の作風は十哲中最も正宗を現していますが、地刃に大和風、美濃風を現しているところに特色があります。本脇差は身幅広く切っ先がやや延びた姿を現し、地金は板目肌が良く詰み、地沸が付き、刃紋は互の目にのたれ刃や尖り刃が交じり、沸良く付き金筋が見事に現れ、帽子は正宗の様な奔放な刃を焼いて金筋が多く現れ見事です。本刀の鞘書きには優秀な刀珍重すべしと佐藤寒山先生の見事な鞘書きが本脇差に一層価値を上げています。志津の脇差を拝見する事少なく大変貴重な刀です。この度世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝貝三原正興(古極青江)
室町
中期
75.5 1.5 0.72 長さ2尺4寸9分
本刀は古来青江として伝わった名刀です。地金は小板目肌良く詰みちりちりとした縮緬肌を現し、刃紋は匂い出来の直調の刃紋に小足が入り刃縁は細かな丁子刃の働きを現し、どこから見てもなるほど青江と見える刀ですが室町時代文明頃(1469年)(547年前)のお隣の国の備後三原正興(まさおき)の鑑定になっています。正興も古来業物として大変有名な刀ですがやはり青江が良いですね。見事な天正拵えも本刀に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために無銘三原としての格安な価格で御提供いたします。将来青江の名刀になるように祈っております。
白鞘
拵え
売約御礼

賀州金澤住藤原兼若
江戸
中期
68.7 1 0.7 長さ2尺2寸6分5厘
加賀藩前田百万石では、「兼若の刀を持っている侍ならば身分が低くとも嫁にやろう」と言われるぐらい、兼若は加賀正宗と謳われる程大変格の高い人気の名工です。本刀は時あたかも八代将軍徳川吉宗の享保の改革の時、徳川家康の武断政治の時代に帰ろうとの時代、全国の刀匠が技を競った時あたかも享保頃(1733年)(283年前)の三代辻村四郎右衛門兼若の長男四代目辻村甚太夫兼若が渾身の力を込めて世に発表した特別誂え品です。姿は反りの浅い刀姿を現し、地金は板目肌良く詰み、刃紋は直刃に互の目や尖り刃を見事に焼き上げ、匂い深く小沸良く付いています。代々兼若は加賀藩では別格の扱いを受けた名工です。四代兼若は現存大変少なく貴重です。兼若の研究には無くてはならない刀となっています。拵えも雪割れ木瓜の家紋の誂え金具から有名な南町奉行大岡越前守に関係した刀と思われます憧れの加賀百万石の藩工兼若の刀をお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

肥州八代住兼裕作之 甲子年十二月吉日(昭和59年)
現代 74.3 2 0.75 長さ2尺4寸5分
現代刀匠で余りにも有名な熊本県八代住赤松太郎兼裕刀匠の見事な幕末の天才刀匠 源清麿写しの素晴らしい豪快な名刀です。刀の姿は身幅広く大切っ先で豪壮な姿を現し、素晴らしく堂々として源清麿独特の姿を見事に現しています。刃紋は源清麿の互の目乱れ刃素晴らしく勢い強く焼かれ金筋砂流しが盛んに現れ、地金は板目肌が素晴らしく良く鍛えられ彫は表に独鈷付剣に棒樋、裏は護摩ばしに棒樋を見事に彫り上げ、強靭この上もなく清麿が目指した強靭さと切れ味を今に再現した名作です。本刀を製作するには通常の刀の1.5倍以上の材料と力量が要る素晴らしく見事な源清麿写しの名刀を是非お楽しみください。
白鞘 売約御礼

肥後国八代住赤松太郎兼裕作 写清麿 丙申年七月吉日(平成二十八年七月)
現代 73.9 1.8 0.82 以自家製鉄鍛之
長さ2尺4寸3分8厘
現代刀匠で余りにも有名な熊本県八代住赤松太郎兼裕の見事な幕末の名刀匠 源清麿写しの素晴らしい名刀です。姿は大切っ先堂々として源清麿独特の姿を現し、刃紋は互の目乱れ刃素晴らしく勢い強く刃中に清麿の金筋を見事に豪快に現しています。地金は板目肌素晴らしく鍛えられ、強靭この上もない清麿が目指した強靭さと切れ味を今に再現した名作です。源清麿写しの名刀をお楽しみください。
白鞘 売約御礼

越前国兼法(号変り越兼法)
室町
末期
71 1.9 0.67 (昭和名物帳所載 p325 128 s45.3.24指定)
長さ2尺3寸4分
本越前国兼法は江州下坂より越前に移り越前兼法の養子となりました後肥後大掾を受領しました。兼法の中でも一番格の高い刀工です。本刀は江戸初期慶長頃(1596年)(420年前)の作で元身幅広く先身幅も広く切っ先の延びた慶長新刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、地には一部変り金が交じり、「名物の号変り越兼法」の由来となった事でしょう。刃紋は志津を狙った匂い出来の互の目乱れ刃を明るく見事に焼いています。この様な慶長新刀の典型的な姿の刀少なく貴重です。この度世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。古来素晴らしく良く斬れる刀として有名な越前国兼法の名刀をお楽しみください。
白鞘 売約御礼
短刀
備前介宗次 安政六年八月日(左文字写)
江戸
末期
26.9 0.4 0.5 長さ8寸8分
新々刀備前伝の第一人者固山宗次安政六年(1859年)(157年前)57歳の脂の乗り切った時の筑州左文字を写した名短刀です。固山宗次は四谷正宗と称された源清麿とライバル同士として二人が競い合った話は余りにも有名です。当時は固山宗次は白川藩の抱え工で源清麿より格は上でした。宗次の刀は作刀の出来がすぐれているだけでなく、斬れ味も素晴らしく華美兼備の名刀として大変人気が高い有名工です。本短刀は左を写したやや反りの有る鋭い平造の左の短刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は沸がキラキラと良く光るのたれ乱れ刃に互の目を交え返りを深く豪快に焼き上げています。特別注文品の為に素晴らしく良く出来た固山宗次銘の短刀です、是非お楽しみくださいませ。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼

兼弘作 平成二十年十一月日
現代 72.5 1.7 0.67 長さ2尺4寸 重量鞘を払って992gr
兼弘刀匠は岐阜県関市住。本名伊佐地督全日本刀匠会会員、多数の賞を受賞。本刀は姿は素晴らしく豪壮で、地金は小板目肌良く詰み、黒光りがし、刃紋は小沸のついた互の目乱れ刃を変化有る刃で焼き如何にも良く斬れる刀になっています。兼弘刀匠を一躍有名にしたのがかの陸軍戸山学校の戸山流を全世界に広めた中村泰三郎先生が特に本兼弘刀匠を気に入り存命中は兼弘刀匠無くして戸山流無しと豪語するほどお気に入りの刀匠です、今までは中々手に入ることが出来なかった事でも有名な刀工です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
外藤作(海軍佐官用短剣拵付)
現代 22.8 0 0.68 長さ7寸5分
外藤は平安時代平治頃(1159年)(857年前)より続く美濃の刀工です。本外藤は本名小川藤一、明治37年5月29日生まれ岐阜関住、外藤の名を飾る最後の刀匠と思われます。姿は美しく、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の直調の刃紋をきりりと上手に焼き見事な短刀を鍛え上げています。拵えが上り藤の家紋の付いた、現在大変貴重な普通の短剣拵えより太い海軍佐官用の特別注文品の短剣拵えが特別に誂えられて短刀共々健全で貴重です。左官用、将官用の短刀はほとんど先の大戦で軍艦と共に沈んでしまった為に本短刀は日本の歴史を語るうえで大変貴重です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。今後とも是非大切にしてやって下さい。
拵え 売約御礼
脇差
加州住藤原炭宮兼春
江戸
初期
48.8 1.2 0.68 (前田家五代藩主前田綱紀が前田利長の菩提寺越中高岡の瑞龍寺に奉納に選ばれた二十二人の刀工のこの兼春は一人です。現存作少なく貴重な脇差です)
長さ1尺6寸
初代は天正頃(1572年)竹右衛門兼春で関三阿弥派、後加賀に移住、二代兼春は宗兵衛と称し小松城下で鍛刀し寛永頃(1624年)から承応頃(1652年)までの作品が有ります。本刀は三代目兼春で炭宮派と称し古来業物として兼春の中で一番の上工とされています、本脇差は江戸時代寛永頃(1624年)から寛文頃(1661年)(354年前)の作刀です。姿はやや反りの深い寛永頃の姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の互の目乱れ刃、逆乱れ、互の目矢筈調の大変斬新な刃を思いっきり焼き上げ帽子が虎鉄帽子と言われる虎のあごに見える帽子を焼き見事です。研ぎは大阪の名人大川晃永氏の極上研ぎがかかり拵えも奈良の名人杉本光寛氏の手がけた大変お金のかかった拵えとなっています。兼春の現存作少なく加賀にとっては大変貴重な脇差です是非お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

藤原統行(むねゆき)
江戸
初期
74.1 1.7 0.8 長さ2尺4寸5分
本刀の製作は江戸初期慶長頃(1596年)(420年前)豊後高田(大分県)で作られた刀です。統行業物の刀で有名です。本名中摩新五郎、戦国大名大友義統より一字を賜り統行と名乗りました。古来大名から名を貰う事は刀匠にとっても大変名誉の事で、腕も良いと言う証でもあり統行の当時の盛名さと技量の高さが証明されています。本刀は元身幅やや広く長寸で当時の騎馬武者用であろう豪快な刀姿を現し、地金は板目肌良く詰み、刃紋は互の目乱れ刃飛び焼きも焼いて豪快な刃を焼き見事です。拵も高田鍛冶の業物統行の刀に一段と華を添えています。今回世の中に生で初めて出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

於武芸八幡宮境内兼則作 昭和六十三年四月吉日
現代 71.4 2.2 0.65 長さ2尺3寸5分 重量鞘を払い956gr
本名小島太郎、名工小島兼道の弟です。岐阜県関市に明治40年に生まれました。本刀は兼則刀匠81歳の記念作です。有名な鎌倉時代の京山城の来国俊が81歳の長命の作品が残っている為に、兼則刀匠武芸八幡宮に鍛錬場を造り世界平和を祈念して精魂込めて作った名刀です。姿は古刀を写して反りが高く、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の互の目刃を小気味良く焼き上げ見事です。高齢にもかかわらず凛とした名刀を打ち上げ兼則刀匠の腕の良さが良く判ります。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
三笠砲鋼秀明 昭和六年末三月日 皇国興廃在此一戦
現代 22.2 0 0.5 長さ7寸3分
戦艦三笠は明治35年イギリスで建造され、日露戦争においては 東郷平八郎司令長官が乗艦する連合艦隊の旗艦として大活躍致しました。特に明治38年の日本海海戦では。バルチック艦隊を対馬沖で待ち構え、集中砲火を浴びながら勇敢に戦い海戦史上例を見ない圧倒的勝利に大きく貢献いたしました。日露戦争に勝ったことにより日本は国際的地位を高め、世界の抑圧された諸国に自立の希望を与えました。三笠は大正12年に現役を退き現在記念艦として大切に保存されています。本短刀は三笠の後部12インチ左砲身の一部を以って名工水心子源秀明刀匠によって海軍将校用として造られた大変貴重な当時の水交社箱付完存品の短刀です。秀明刀匠銘が有る三笠砲鋼製短刀の数少なく貴重です。有名な三笠砲鋼で作られた短刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

濃州関住藤原兼房 兼氏作 昭和発亥吉日(昭和58年)(岐阜県重要無形文化財)
現代 70 1.6 0.55 長さ2尺3寸1分 重量鞘を払い875gr
本刀は親子合作の貴重な刀です。持った調子の良い反りの加減の良い優美な刀姿を現し、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は家伝の兼房丁子と言われる頭の丸い互の目刃に所々崩れた所も有りますがそれも御愛嬌です。刃中は明く良く働いています、本刀は兼房刀匠と子供の兼氏刀匠の貴重な刀です。兼房24代は代々室町期より続く名門刀工です。24代兼房は名工の誉れ高く薫山賞初め数々の賞を受賞する素晴らしい作品を現代に残しています。岐阜県重要無形文化財に指定されています。今回世の中に初めて生で出たために多少の擦り傷も有りますが特別に格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

八紘一宇(はっこういちう) 沖芝正次謹作(花押)
現代 68.8 1.8 0.72 長さ2尺2寸7分
沖芝正次刀匠は明治27年生、本名沖本新平。沖芝要吉刀匠の門に入り大阪唯一の刀鍛冶であった沖芝信重刀匠の父として有名です。本刀は八紘一宇と大書された貴重な刀です。世界を一つの家とすると言う意味ですが、第二次世界大戦では日本が大切にした考えで東南アジアを席巻し多くの人々に惨禍をもたらせましたが、その後インド、ビルマ、インドネシア、フィリピン等多くの東南アジアの国々がイギリス、アメリカ、スペイン、ポルトガル等の植民地から独立する大きなきっかけとなりました。本刀は特別注文品の為に身幅広く豪壮な刀姿で、地金は小板目肌を鍛え、刃紋は鎌倉時代の備前福岡一文字の互の目丁子刃を高々と見事に焼き上げています。軍刀拵えも未使用のままで美しく輝いています。命を懸けて日本を守った日本刀を後世に大切に伝へて下さい、格安にご提供いたします。
拵え 売約御礼

伯州江府住延秀作 平成壬申年八月吉日(平成5年)
現代 74.5 2.2 0.81 (兜割で有名な刀)
長さ2尺4寸6分
本刀は川島忠善に学んだ父前田喜太郎刀匠名、義輝に弟子入り。本名は前田秀士、鳥取県日野郡住。日本刀匠会会員。入選多数。延秀刀匠を一躍有名にしたのは、兜割の荒技に挑戦、見事古い鉄の兜を割り、業物の刀として一躍有名になりました。本刀も鎬が高く身幅のやや広い豪壮な姿で、地金は板目肌が力強く鍛えられて、刃紋は匂い出来の重花丁子刃を見事に焼いて見事です、刃中に金筋も交え素晴らしい見事な刃を焼き上げています。どのような堅い物も断ち切るとの覚悟の思いが満ち溢れた豪刀です。しかしながら延秀刀匠は現在作刀していない為に希望者が大変多いのですが刀がありませんでした。この度世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
太刀
伝国宗
  75.6 2.3 0.79 長さ2尺5寸
本刀は登録の時は国宗と読めたようですが現在は朽ち込みが進んで銘が見えません。しかしながら太刀姿が元に踏ん張りが有り、腰反りが高く切っ先が小切っ先で姿からは初期日本刀の姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、地には乱れ映りが鮮明に現れ、刃紋は匂に沸が付いた直刃調の古風な刃を焼き、刃中の働きも有ります。銘が朽ち込んでしまっていますので、古い太刀としか現在では言いようが有りませんが、この様な古い太刀で居合をやりたい人々が現在多く有る為に、今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。夢ある太刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

綱俊(二代)(長運斎是俊)
江戸
末期
70 2 0.82 長さ2尺3寸2分
長運斎是俊は水心子正秀門人で江戸新々刀期の備前伝の天才刀工として余りにも有名な長運斎綱俊の次男です。本名加藤助一郎。初銘は是俊父綱俊没後文政3年(1820年)(196年前)2代目綱俊を襲名しました。日向伊東家の抱え鍛冶です。一門の門弟には固山宗次や兄弟に幕府お抱え工の石堂運寿是一がいて、一大流派の頭領鍛冶です。本刀は重ねの厚い頑丈な刀姿で、地金は板目肌を鍛え、所々大肌が現れ、こまかい地沸が付き、刃紋は小沸出来の互の目乱れ刃を焼き荒沸がつき丁子刃が交じり大変覇気有る刃を焼いています。今回世の中に初めて生で出ましたので特別に格安にてご提供いたします。二代目長運斎綱俊の作品は親子合作が有りますが、2代目綱俊単独の刀は少なく非常に貴重な刀です。歴史的にも貴重な刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

和泉守兼重(虎鉄の師)
江戸
初期
73.6 1.6 0.58 (宮本武蔵の紹介で藤堂和泉守高虎の抱え刀工になりました。宮本武蔵有縁の刀工としても有名です)
長さ2尺4寸3分 重量鞘を払い868gr
虎鉄の師と言われる和泉守兼重が寛永初年江戸に出て宮本武蔵の紹介で藤堂家に抱えられ藤堂高虎が和泉守の為、主家に遠慮をして和泉守から上総介を名乗ったとされていましたが、最近の研究で和泉守兼重が父で上総介は子で虎鉄の相弟子です。本刀は大変数が少なく貴重な虎鉄の師である和泉守兼重の刀の銘が有りますがしかしそれはあくまでも御愛嬌です、姿は反りの浅い寛文新刀姿を現し、地金は板目肌で、刃紋は素晴らしく奔放なのたれ刃を焼き覇気が有ります。元は居合道八段範士の先生のお稽古用の刀で素晴らしく調子の良い刀です今すぐに使用できます。御愛嬌で和泉守兼重銘の有る刀をお楽しみくださいませ。お若い方にお安くお分けして欲しいとの事で特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼

伝秦光代(鬼包丁)
江戸
初期
62.3 1 0.67 長さ2尺5分6厘
柳生連也斎(1625〜1694年)尾張柳生を創始した利厳(兵庫助)三男。本刀は柳生連也斎の差料としてかの有名な肥後守秦光代と思われる大鎬造の豪壮な刀です。地金は小杢目に小板目肌、刃紋はのたれに互の目刃が素晴しく明るくいかにも柳生連也斎好みの豪壮な造りこみの刀です。如何にも鬼包丁と呼ぶにふさわしい剣豪好みの刀です。今回世の中に初めて生で出たために秦光代であれば良いな、鬼の包丁であれば良いな位で考えて下さい。柳生連也斎鬼包丁を見事に現し後世に伝へた刀を特別に格安にて御提供いたします。是非お楽しみください。
拵え 売約御礼

兼良
現代 73.2 1.4 0.66 長さ2尺4寸2分 重量鞘を払い1120gr
兼良は美濃の刀工で室町時代大永頃(1521年)から続く刀工です。本刀は大正時代の兼良で戦後の作品が無いために本刀は兼良刀工にとっても大変大切な刀です。本刀は元身幅広く先身幅も広い豪壮な姿を現し南北朝時代の太刀のすりあげた姿を見事に現しています。地金は小板目肌良く詰み無地風の地金を明るく鍛え、刃紋は互の目乱れ刃を元から先まで良く焼いています。本刀は如何にも物が良く斬れる姿をした刀です。拵えは現代の拵えですが本刀の価値を一段と上げ華を添えています。この度世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。是非兼良の刀をお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

伝加州清光(刀剣乱舞で有名)
室町
末期
67.5 1.4 0.69 長さ2尺2寸2分強
本刀は天文(1540年頃)(476年前)の四代目位の加州清光だろうと思われます、姿は反りの少ないすりあげ無銘の刀です。陸軍大将東条英機閣下の軍刀としても有名です。地金はやや黒ずんだ地金に板目肌に柾肌が交じりやや笑窪も有りますがそれも御愛嬌です、刃紋は沸出来の直調の刃に互の目を交え沸足を細かく入れて、刃中素晴らしく明るく良く働き良く焼かれています。帽子は焼き詰めとなり古調です。昔から加州清光は特に良く斬れることで有名で業物に数えられております。拵えも江戸期の石目鞘で縁頭は安親の銘が好もしいものです。本刀は新選組沖田総司の愛刀として現在刀剣乱舞で刀剣女子に大人気です。今回お持ち主様の御好意で破格の価格でお譲り申し上げます。
拵え 売約御礼
短刀
靖武作(靖国刀匠)(正宗写)
現代 30.1 0 0.81 昭和四十五年七月吉日
長さ9寸9分3厘
八鍬靖武刀匠は靖国刀匠として余りにも有名な刀匠です。明治42年生まれ、杉山陸軍大臣より刀匠名靖武を拝受。昭和48年伊勢神宮式年遷宮御料太刀製作。新作名刀展では最高峰の賞である正宗賞を受賞。無鑑査刀匠でもあります。本短刀は姿は大ぶりの身幅が広く、包丁の姿を現し、地金は板目肌に柾を交え、地景が現れ、刃紋はのたれ乱れ刃に互の目を交え金筋が現れ、覇気有る刃を焼いています。包丁正宗を写して成功しています。今回生で出たために格安にてご提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

藤原久幸作(十文字槍)
江戸
末期
18.2 0 1.31 長さ6寸
川井久幸は本名川井亀太郎。幕府の旗本と言う事で旗本は百石以上の武士で百石以下は御家人と呼ばれ、旗本は外ではお殿様と呼ばれる身分でした、江戸小石川に住んでいました。始め中山一貫斎義弘門人で後に細川正義の門人の清水久義の門人になりました。明治元年9月没83歳の当時は長寿でした。本十文字槍は幕末文政の頃(1818年)(197年前)シーボルトが長崎に来た頃の作です。現代刀工では現在作る事が謎となっている十文字槍を鍛えています。地金は小板目良く詰んで地にえが付き匂い出来の直刃を焼いて見事です。今では作ること不可能な貴重な徳川幕府旗本の川井久幸の十文字槍をお楽しみください。
白鞘 売約御礼
脇差
平安城住藤原刻国(初代信濃大掾忠国初銘)
江戸
初期
44.8 1.4 0.7 長さ1尺4寸8分
初代信濃大掾忠国は堀川国広の高弟出羽大掾国路の高弟です。初銘国勝、刻国、と銘を切り、因州池田藩抱え鍛冶として寛永頃に京山城より鳥取に移住、寛永十一年(1634年)(381年前)信濃大掾を受領しました。幕末まで池田藩抱え鍛冶として九代続く名門の刀工です。本脇差はなんとなんと世に存在するとは言われていましたが刻国と言う大変貴重な忠国の初銘を切った脇差です。姿は反りの深い、身幅の広い寛永頃の姿を現し、地金は板目肌良く詰みやや映りを現し鎬地や刃にえくぼも有りますがそれも御愛嬌です、刃紋は匂い出来の直調のたれ刃を焼き見事です。この様に何百年たって資料的価値の高い脇差に出会うのも喜びの一つです。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にてご提供いたします。初代忠国研究の端緒として下さい。
白鞘 売約御礼
短刀
兼松
室町
末期
31.4 0.4 0.58 (短刀拵刀苑社上々作)
長さ1尺3分
本濃州関住兼松は室町時代天文頃(1543年)(473年前)丁度種子島にポルトガルから鉄砲が伝来した丁度その時に作られた寸延び短刀です。姿は平造で上品な短刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み柾肌を現し、刃紋は匂出来で互の目乱れ刃に互の目の山に互の目の足を入れ、地には丸い飛び焼きを多く焼いて野趣有る覇気有る刃を見事に焼き上げています。拵えも黒石目地鞘に肥後金具の付いた拵えが本短刀に一層華を添えています。戦国時代美濃鍛冶は全国の戦国大名の刀の需要を備前長船鍛冶と共に担い大いに発展をした刀工です。古来兼松刀匠の刀は有名ですが現存作ほとんど無く本寸延び短刀は兼松刀匠の実力を如何なく発揮した貴重な名短刀です。この度世の中に初めて生で出たため小傷や薄錆が有りますがそれも御愛嬌です。特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ 。
白鞘
拵え
売約御礼
薙刀
伯州住廣賀作 天文三年二月吉日
室町
末期
46.8 2 0.62 本薙刀は天文三年期の有る大変貴重な作品です。二代目の廣賀で上手とされる見田兵衛廣賀の薙刀です。1534年、480年前、鉄砲伝来の前9年前の作です。本廣賀は初代相州綱廣の門人と言われ、本薙刀は男薙刀で、地金は板目に杢が交じって良く詰み、全面に備前長船の様に映りが現われ、刃紋は直ぐ調でのたれ覇気有る刃を焼き大変趣のある薙刀です。初めて世に出たために一部錆が有りますが貴重です、現物を見る事少ない伯州廣賀の薙刀をお楽しみください。 白鞘 売約御礼
脇差
加州住藤原家忠
江戸
初期
33.9 0.5 0.64 長さ1尺1寸2分
本脇差は江戸初期寛永1624年頃(392年前)の加賀陀羅尼派の名人家忠の作で、加賀新刀の中で随一の技量の持ち主として有名です。本名洲崎吉兵衛、後将監、金沢住。本脇差は平造で腰に差すのには大変差しやすい良い姿の脇差です。地鉄は小板目肌素晴らしく良く詰み力強い地金を鍛え、刃紋は沸の付いた互の目乱れ刃に二重刃を交え兼若の様な箱がかった刃も交え、刃中金筋を現し素晴らしく明るい刃を焼き見事です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。加賀新刀の代表工家忠の名脇差を是非お楽しみください。
白鞘 売約御礼
短刀
加州住藤原守種作
江戸
初期
27.4 0.2 0.59 (包丁正宗写)
長さ9寸
本加州住藤原守種は江戸時代承応頃(1652年)(363年前)の加賀の刀工ですが、室町期の古刀の時代から続く加賀にとっては美濃等から移住したのではなく地元の生え抜きの貴重な刀工です。本短刀は包丁正宗写しの短刀です。姿はやや反りがあり、身幅広く重ねもやや厚く包丁正宗を写して上手です。地金は板目肌に柾肌を交え、刃紋は匂い出来の直調の刃紋に二重刃を現し、大変雅味ある短刀となっています。拵えも短刀でありながら、風流に脇差拵えにしています軽くて良かったでしょう、江戸期の茶変り塗鞘に縁頭こじり金具を素銅地仕立てにし、鍔は鉄地の透かし鍔を付けて、短刀でありながら脇差拵えとし、江戸期の侍の風流さが偲ばれるものです。今回生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

雲州住俊廣造之 慶應四年二月吉
江戸
末期
63.6 0.6 0.75 長さ2尺1寸
俊廣刀匠は高橋長信刀匠の弟子で松江久木住。本刀は慶應四年は明治元年となり(1868年)(148年前)戊辰戦争の時あたかも風雲急を告げる時に雲州藩(松江藩)越前松平春嶽田安徳川家三代当主が兼任して統治する松江藩士の為に作られた刀です。現在は2寸5分程すりあげられていますが、姿は重ねの厚い反りの少ない姿で、地金は板目肌良く詰み、刃紋は高橋長信の刃紋である。備前伝互の目丁子刃に刃中足が良く入り明るく冴えています。俊廣刀匠も明治の廃刀令で刀を作れなくなり、大変作品が少なく本刀の様に立派な刀を作る才能が大変勿体なく残念です。俊廣刀匠にとっても大変貴重な刀です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
薙刀
上野守菅原包宗(薙刀)
江戸
初期
39 2.6 0.73 長さ1尺2寸8分7厘
包宗は大和手掻派の子孫です。大阪で刀を作っていました。時代は助廣や真改よりも時代的にやや先輩格で江戸時代寛文頃(1661年)(355年前)の作品です。薙刀の姿が上手で良く出来ています。地金は板目肌に柾目肌を現し、刃紋は匂い出来ののたれ乱れ刃に大和伝の二重刃を現すところが大和手掻派を良く現しています。薙刀の拵えも当時の拵えが完存しており大変貴重です。槍と薙刀は江戸時代の高級武家の必需品で本薙刀も特別注文品です。今回生で世の中に初めて出たために格安にてご提供いたします、上野守菅原包宗の作品大変少なく今後の包宗研究にとって大変貴重な薙刀です。是非お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
短刀
宗光(越前千代鶴)
室町
末期
28.8 0 0.5 長さ9寸5分
千代鶴の祖千代鶴国安は山城来国安が移住したものと言われています。千代鶴は古来御目出度いものとして贈答用に多く利用さらました。本短刀も山城来の短刀に見える永正頃(500年前)の宗光の短刀です。姿は冠落し造の短刀姿で、地金板目肌良く詰み、刃紋は来の様な細直刃を焼き上げています。拵えも現代の拵えですが、黒呂刻みを七、五、三、二と刻んだ鞘に、七宝金具の付いた大変高価な拵えも本短刀に一段と華を添えています。御目出度い千代鶴宗光の短刀をお楽しみ下さいませ。今回世の中に初めて出たために、研ぎを加えて特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
伯州住廣賀作
室町
末期
22.4 0.2 0.62 長さ7寸4分
廣賀の中でも最も上手とされる五郎左衛門廣賀であろう名短刀です。永禄頃約480年前、時あたかも織田、徳川連合軍が鉄砲で武田勝頼軍を歴史的に破った、桶狭間の戦いの時分の作品です。伯州廣賀は伯耆の国(鳥取県倉吉市)初代相州綱廣の門人です、本短刀は平造りでやや小ぶりの典型的な廣賀の姿で、地金は板目に柾が交じり一部地に大肌が現れますがそれも御愛嬌です、地の全面に映りが現われ、刃紋は互の目乱れ刃の焼きの頭から地に煙り込み映り状となり、棟まで深く焼き込み素晴らしく覇気有る刃を焼き趣のある名短刀です。有名ですがなかなか現物を見ない伯州廣賀の短刀をお楽しみください。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼
脇差
備中国水田(大与五国重)
江戸
初期
55.8 0.8 0.62 長さ1尺8寸4分
備中水田国重は室町末期大永頃に備中荏原に起こり新刀期まで繁栄して全国に水田国重鍛冶は繁栄しました。本刀は銘ぶりから寛永頃(1624年)(392年前)の所謂大月与五郎国重で水田国重の中でも一番上手いといわれる刀工です。本作も姿堂々として板目肌素晴らしく良く詰み相州貞宗写しの刃紋のたれ刃を見事に焼き上げています。彫は表に素剣裏に腰樋を見事に彫り上げています。新刀相州伝として素晴らしく人気の有る名工です。お楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼
脇差
伝加州清光(刀剣乱舞で有名)
室町
末期
40.5 0.8 0.65 長さ1尺3寸3分
本刀は天文頃(1540年)(476年前)の加州清光と思われます。陸軍大将東条英機閣下の軍刀としてもあまりにも有名です。本脇差は反りが深い優美な脇差姿を現し、地金は板目に柾が交じり、地色がやや黒く冴え、刃紋は小沸の付いた互の目乱れ刃に金筋や砂流しを多く交え、刃中素晴らしく良く働いています。昔から加州清光は特に良く斬れることで有名で業物に数えられております。新選組沖田総司の愛刀として現在刀剣乱舞で刀剣女子に事の外大人気が有る脇差です。今回お持ち主様の御好意で破格の価格でお譲り申し上げます。
拵え 売約御礼

伝兼則(元禄頃)
江戸
中期
60.9 1.5 0.67 長さ2尺1分
本刀は天文(1532年)頃関より越後に移住した三阿弥派の兼則の子が天正(1573年)頃越前一乗谷に移住。本刀は元禄頃(1688年)(328年前)の作之丞兼則でしょう。姿はやや反りの少ない寛文新刀の姿を現し、地金は小板目肌に多少柾肌を鍛え地斑映りを現し、刃紋は匂い出来の直刃にねずみ足を多く入れ見事な刃を焼いています。拵えは軍刀拵えで家伝の名刀を軍刀に仕込んで命を懸けて日本を守る為に作られたものです。家宝として代々受け継いできた刀として大切にされていました。今回大切にして頂ける方に是非お持ち頂きたいと、特別に格安にてご提供して頂いております。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
伝伯州住廣賀
室町
末期
30.4 0.7 0.73 長さ1尺
廣賀の中でも最も上手とされる五郎左衛門廣賀であろう名寸延び短刀です。永禄三年頃(1560年)(456年前)、時あたかも織田信長が今川義元を桶狭間で破った丁度その時分の作品です。伯州廣賀は伯耆の国(鳥取県倉吉市)初代相州綱廣の門人です、本短刀は鵜の首造の典型的な廣賀の短刀姿で、地金は板目に柾が交じり地に白気映りが現われ、刃紋は互の目乱れ刃の焼きの頭から地に煙り込み映り状となって大変覇気ある刃を焼いて見事です。廣賀は元々相州鍛冶の為に本短刀も相州伝素晴らしく地と刃が奔放に乱れ良く出来ています。江戸期の縁とこじり金具はトンボ(勝ち虫)の図のついた小さ刀拵えが本伯州廣賀であろう短刀を一段と美しく飾っています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
備中国水田住国重(水田大与五国重)

江戸
初期

39 1.1 0.61 長さ1尺2寸9分弱
備中水田住国重は室町末期大永頃に備中荏原に起こり新刀期まで繁栄して全国に水田国重鍛冶は繁栄しました。本脇差は銘ぶりから寛永頃(1630年)(385年前)の所謂大月与五郎国重でしょうか、水田国重の中でも一番上手いといわれる刀工です。本脇差も反りが深く姿が堂々として、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み正宗の弟子の相州貞宗を写した脇差です。刃紋はのたれ刃を大胆に見事に焼き上げています。脇差拵えも江戸期の金具を見事に使い大変お金をかけて作っています。水田国重は新刀相州伝として素晴らしく人気の有る名工です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

伝肥前住播磨守藤原忠国(後代)

江戸
初期

72.1 1.9 0.62 (鎌倉から南北朝時代)
長さ1尺7寸4分
尻懸派は鎌倉時代則長を事実上の祖として大変栄えました。本長巻は鎌倉末期の姿で、本長巻の様にほとんどの長巻は刀に直されています。そして大切にされてきました。長巻直しにの刀に鈍刀無しと古来言われてきたのが本刀です。原型を保っていませんが、素晴らしく貴重な長巻直しの刀です、地金は杢目を交え総体に大肌となりこれは同派の特徴であり、刃文は強い沸出来で浅いのたれ調に互の目乱れ刃で総体に二重刃やほつれるところは大和ものの最大特徴で尻懸派の特徴も現しています。古いために多少肌の荒い所がありますが、地刃の素晴らしい働きが充分それを補って余りあります。とても将来が楽しみな長巻直しの刀です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。古刀のお好きな方に是非お勧めです。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

源国次作之 平成七年二月吉日
現代 73 1.6 0.6 長さ2尺4寸 重量鞘を払い905gr
源国次刀匠は本名二唐俊。昭和9年生まれ、青森県弘前市住。全日本刀匠会会員、優秀賞、努力賞を受け入選は多数受賞の名工です。昭和28年東北大学金属材料研究所入所しました。金属材料学の権威でもあります。父二唐国俊に刀の鍛錬の手ほどきを受けました。本刀は元身幅広く切っ先やや延びた豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は互の目乱れ刃を豪胆に良く焼いています。本刀は居合の稽古用に刃を落として怪我をしない様に刃引きをしていますので、今日からでも直ぐに居合のお稽古が出来る様に親切に作っています。. 居合をする方にもしない方にも最適な刀です。この度世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

吉光(土佐十代)
江戸
末期
70.5 1.4 0.78 長さ2尺3寸3分 重量鞘を払い1164gr
本刀は左行秀の弟子の藤本慶之丞土佐十代目吉光です。江戸時代末期嘉永頃(1853年)(163年前)浦賀にペリーが来航した丁度その頃に作られた刀です。姿は反りの少ない豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み力強い地金を鍛え、生出しの為に地には薄錆が現れていますがそれも御愛嬌です。刃紋は匂いの深い互の目乱れ刃を良く焼き左行秀の匂の深い刃を良く現しています。江戸期の鉄金具一作のついた半太刀拵えも本刀に一層華を添えています。お手入れをして頂くともっと良い刀に成ります。是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

三州宮路山麓住藤原武則作 皇紀二千六百三年仲秋吉辰(昭和18年)
現代 68.2 1.8 0.64 長さ2尺2寸5分
武則刀匠は本名橋本武平。明治四十四年生まれ。二代目藤原一則の門。愛知県蒲郡市。元陸軍受命刀匠。戦後新作名刀展にて入選多数の名工です。本刀は身幅広く豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂いの深い広直刃をむら無く見事に焼き上げています。拵えも現代の拵えですが一層本刀に華を添えています。時あたかも昭和18年本土決戦に向けて日本中が火の玉となり鬼畜米英を叫び日々訓練に明け暮れていた時の記念の刀です。日本の歴史を後世に大切に伝へていかなければなりません。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え
売約御礼
太刀
国宗(美濃赤坂千手院国宗)
室町
末期
64 1.9 0.61 長さ2尺1寸2分
本太刀は室町時代天文頃(1543年)(473年前)種子島にポルトガルから火縄銃が伝来した丁度その時に作られた、美濃赤坂千手院国宗と思われる太刀です。姿はすり上げながら反り深い優美な太刀姿を現し、地金は板目肌に柾目肌を鍛え、刃紋は互の目乱れ刃に尖り刃を交え素晴らしく明るく良く出来ています。この様な刀は古来素晴らしく良く物斬れがする為に大いに大切にされたものです。拵えも本太刀に一段と華を添えています。この度世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
伝当麻(大和)
南北
53.4 1 0.7 長さ1尺7寸6分
南北朝の康安頃1361年頃(655年前)の大和当麻に見える無銘の脇差です。すこぶる頑丈な姿に時代がすこぶる遡のぼります。地金は板目肌に鍛え地沸が付き柾目肌や板目肌が流れて当麻肌を現しています。刃紋は直刃調のたれ刃の沸が強く二重刃を交え帽子は焼き詰めています。地には種々色々な景色が現われ一層古刀の良い風情が現れています。大和当麻派の脇差であれば良いな位で、洒落でご覧ください、今回世の中に初めて生で出たために薄錆びも有りますがそれも御愛嬌です。その分特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝三原正近(業物)
室町
末期
48.4 1.2 0.71 長さ1尺6寸
備後三原、現在の広島県三原の脇差です。時代は天文頃1550年約464年前。毛利元就が活躍していた時を同じくした脇差です。脇差の姿は鎬が高く時代を経て凛として美しく、地金は小杢目肌良く詰まり、刃紋は直調の刃に二重刃を現した処が大和伝で、帽子が特徴的で三原の滝落しと言われる急に深く返った帽子が見事です。如何にも良く切れそうな刃をしています。大和風が強く大和鍛冶が三原に一部移住した事が大変良くわかります。時代を超えて残った貴重な脇差です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝奥大和守平朝臣元平
江戸
末期
54.5 0.5 0.56 (昭和36年の貴重刀剣)
長さ1尺8寸
元平は薩摩新々刀の代表刀工として余りにも有名です。薩摩藩工です。本脇差は小板目肌良く詰み地沸盛んに付き、沸匂い深くゆったりとしたのたれ乱れ刃盛んになり覇気が有る刃を焼き大坂の井上真改を髣髴とさせる薩摩相州伝の作刀を素晴らしく良く現しています。刃中に砂流し掛かり、刃に芋の蔓が無くこの様な元平は上出来の作として有名です。本脇差は世の中に初めて生で出たために錆が有りますがそれも御愛嬌です。将来研ぎをお掛け頂きますれば見違える様な脇差になります。今回特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
大原住真守(希望銘)
  52.7 2.2 0.58 (平安時代嘉祥頃)(848年)(1166年前)
長さ1尺7寸4分
本物の大原真守は日本刀で最古と言われる伯耆安綱の子供として余りにも有名です。本脇差は長巻直しの姿を現し、地金は板目肌に鍛えられ、刃紋は互の目乱れ刃がちじに変化し金筋が現れ、刃縁素晴らしく良く働いています。銘はあくまでも御愛嬌です。本脇差は貼っている白鞘のシールによりますと、戦後埼玉県上尾市の警察署に進駐軍の命令により集められた脇差で、奇跡的に提出した持ち主に返された脇差である事が判ります。大原真守はあまりにも有名ですが本脇差はあくまでも希望銘です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

武州下原住康重(小さな刃切れ有り)
江戸
初期
64.3 0.7 0.67 長さ2尺1寸2分
本刀は万治頃江戸八王寺に住む下原山本内記康重の刀です。古来より、下原鍛冶は九州肥後同田貫派の刀や、豊後高田鍛冶の様に、業物の刀を鍛え、戦国武将に実用刀として大変愛用されていました。本刀は反りの少ない豪壮な刀姿に地金板目肌強く鍛えられ、澄鉄も現れ、刃紋は小沸出来の直刃を焼いています。刃中に働きを交え相州伝を現しています。しかし残念ながら顕微鏡で見ないと判らない位の小さな刃切れが切っ先から24儖未僚蠅烹殴所有ります。居合や試し切りには支障が有りません。また多少の鍛え肌が大きく現れるのは、焼き入れ温度が相州伝の為に高い為と思われます。刃切れの為に特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
× 白鞘 売約御礼
脇差
濃州関住兼定作
室町
末期
59.4 2 0.65 (刀剣乱舞で有名)(初代或は二代)
室町時代文明(1469年)から明応(1492年)にかけて初代兼定の作刀が有ります。世上有名な和泉守兼定(之定)は明応からの作刀が有ります。鞘書の田野辺先生の説に従えば、初代兼定ですが、本刀も年代が無いために和泉守兼定の初期銘かもしれませんが、初代か二代はこれから研究しなければなりません。本刀は小太刀として造られ、当時の優美な姿を現し、地金は板目肌に柾肌が交じり、全体に古調な映りを上品に表し、刃紋は互の目に上品な尖り刃を交え刃中働きが素晴らしくあります。拵えも幕末の銀金金具一作の上品な拵えが一層本刀に華を添えています。現存作少ない兼定の名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

来国長(拵付)(重要刀剣)
鎌倉
末期
68.9 1.9 0.77 長さ2尺1寸5分8厘
来国長は元徳1329年頃(687年前)鎌倉末期、山城来国俊の門人、後摂津国中島に移住して打つので「中島来」と尊称されています。本刀は鎌倉末期の豪壮な太刀姿で、地肌は板目肌に杢や流れ肌が交じり、地沸が微塵に厚く付き地景が入り、淡く映りが立ち、刃紋は広直刃を基調に互の目、小互の目、小丁子風の刃、尖りごころの刃、角がかる刃などが交じり、足葉が入り、小沸が良くつき、金筋、砂流しかかり、匂口が明るく冴え、帽子は乱れ込んで盛んに掃きかけ、尖りごころに返り、来派の特色が良く明示されており来国光に見えるところがありますが刃中の働きが多く、変化に富んだところが中島来国長と極められたところと思われます。江戸期の豪華な拵えが本刀を一層華やかにしています。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

来国長(無銘 中島来)(重要刀剣)
鎌倉
末期
65.4 1.5 0.72 長さ2尺1寸5分8厘
来国長は元徳1329年頃(687年前)鎌倉末期、山城来国俊の門人、後摂津国中島に移住して打つので「中島来」と呼ばれています。本刀は鎌倉末期の豪壮な太刀姿で、地肌は板目肌に杢や流れ肌が交じり、地沸が微塵に厚く付き地景が入り、淡く映りが立ち、刃紋は広直刃を基調に互の目、小互の目、小丁子風の刃、尖りごころの刃、角がかる刃などが交じり、足葉が入り、小沸が良くつき、金筋、砂流しかかり、匂口が明るく冴え、帽子は乱れ込んで盛んに掃きかけ、尖りごころに返り、来派の特色が良く明示されており、刃中の働きが多く、変化に富んだ中島来国長の素晴らしい名刀です。
白鞘 売約御礼

越中守藤原高平(初代賀州兼若)(草薙迺舎押形所載)(重要刀剣)
江戸
初期
70.3 1.3 0.7 加賀前田百万石では、「兼若の刀を持っている侍ならば身分が低くとも嫁にやろう」と言われるぐらい、兼若は加賀正宗と謳われる程大変格の高い人気の名工です。本刀は地金板目肌良く詰み、地沸荒く付いています、鎬地は柾、刃紋はのたれ刃に小互の目交じり箱がかった刃を見せ匂い深く小沸良く付いています。賀州兼若は元和五年(1619年)越中守を受領名を高平と改めました兼若は加賀藩では別格の扱いを受けた名工です。現存大変少ない兼若の名刀をお楽しみくださいませ。 白鞘
拵え
売約御礼
脇差


備州長船長吉 永和二年五月日(重要刀剣)

南北
38.4 0.4 0.57 長さ1尺2寸6分7厘
備州長船長吉は長義の兄、長重の子又は門とされていますが、現存作無く御物と本脇差の2口のみしかありません。本脇差は南北朝期永和二年期(1376年)(639年前)で身幅広く寸延びて浅く反るという南北朝の姿を現し、地金は板目に杢が交じり、地沸が付地景が入り、淡く映りが有り、刃紋は沸出来の頭の丸い互の目に小のたれ、丁子心の刃が交じり、わずかに飛び焼き、湯走りがかかり、金筋が入ります。帽子は乱れ込んで尖り心に返るなど長義一派の作風が顕著で中心仕立、銘振りも長義を思わせます。薫山日々抄に激賞された名脇差です。貴重な備州長船住長吉の脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
太刀


備州長船住重真(重要刀剣)

南北
77.2 2.3 0.65 長さ2尺5寸4分
名工重真は備前長船元重の弟です。鎌倉末期から南北朝期の作が有ります。本刀の姿は腰反りで踏ん張りが有り、身幅広く大切っ先の姿を現したところが南北朝延文頃(1356年)(660年前)の姿を現し。地金は板目肌に杢目肌、大肌交じり、地景が入り、地沸細かに付き、乱れ映りが見事です。刃紋は匂い出来の中直刃調小丁子、小互の目が交じり、小足、葉が入り、逆心を見せ見事な刃を焼いています、このところは兄元重の備中青江の作にすこぶる似ると言う作を見事に継承しています。彫物は棒樋に添え樋を彫り見事。本重真の太刀は在銘ですこぶる健全な太刀で、この様な太刀の現存作大変少なく貴重な物です。古来大阪で有名な太刀で剣界では垂涎の的の太刀です。南北朝在銘健全な太刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

南都住金房兵衛尉政次(重要刀剣)
室町
末期
74.2 2
0.75 紀州徳川家伝来。
金房派は室町末期に奈良に隆盛を見た一派で、本刀は末備前の名刀を見るがごとく地金は小板目肌良く詰み、地沸細かく良く付き、刃紋はのたれに互の目、角がかった互の目、小互の目が交じり、小足や葉がしきりに入り素晴らしい出来を示しています。金房での重要刀剣は大変少なく本刀は代表的金房派の名作という事で、一番に重要刀剣に指定された名刀です。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
太刀
備州長船秀光 永徳元年八月日(徳川将軍家伝来)(重要刀剣))
南北
69.4 1.8 0.72 (1381年)(633年前)
本刀は古刀最上大業物として有名な、備州長船秀光の素晴らしく健全な太刀です。姿は反り浅く中切っ先で鎌倉時代の太刀の姿を現し、地金は板目肌良く詰み、緩みが無く健全この上なく、鎬付近に乱れ映りを現し、古調に見える地金を鍛え、刃紋は匂いで締った直刃を帽子まで見事に焼き上げています。健全この上ない名刀です。拵えは糸巻き太刀拵え徳川家伝来を示す葵の家紋の付いた太刀金具も見事です。金散し塗鞘に金の高蒔絵の葵紋も見事と言う他ありません。本太刀は十三代将軍徳川家定の正室鷹司任子(たかつかさあつこ)院号は天親院のお持ち物でありました。将軍家伝来品だけあり素晴らしい太刀と太刀拵です。
白鞘
拵え
売約御礼
短刀
来国次(重要刀剣)(付宝永五年本阿弥光忠折紙)
鎌倉
末期
25.8 0.3 0.52 来国次は来国俊の弟子で、来国光の従兄弟といいます。鎌倉末期嘉暦(1326年)頃の名工で、古来正宗十哲の一人に数えられ、「鎌倉来」の称号が有ります。本短刀は長さの割に身幅広く、地沸を厚く敷いた小板目肌に鍛え地景が入り沸映りが現れ、刃紋は直調に小互の目が連れ頃に交じり、匂深く刃中一杯に厚く沸づき、砂流し、金筋、湯走りなどの沸の働きをあしらい、帽子は小丸で僅かに掃き掛けるなど、沸主調の見事な出来栄えで、しかも健全で来国次の面目躍如の短刀です。宝永五年(1708年)の本阿弥光忠の代金子二十枚の折り紙が本短刀に一層価値を上げています。現存作非常に少ない来国次の名短刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 売約御礼

兼定(之定)作 号籠釣瓶(かごつるべ)(重要刀剣)
室町
末期
66.8 1.7 0.7 (和泉守兼定)(大業物)
籠釣瓶(金象嵌)
小須賀帯刀喜政所持(金象嵌)
重要刀剣。和泉守兼定は古来之定と尊称され、刀剣界に於いて余りにも有名すぎるぐらい有名です。本刀も打ち刀の姿堂々として元身幅先身幅広く豪壮で、地金は板目肌素晴らしくよく詰み、柾目肌現れ、元よりかすかな映りを交え、刃紋は元に大きく腰刃を焼き、大互の目乱れ刃華やかに焼き、刃中大変明るく素晴らしく良く出来ています。金象嵌銘小須賀帯刀喜政は岡山津山藩松平十万石の家老と伝えられています。籠釣瓶は切れ味の良さを現したものです。和泉守兼定の大変現存作少ない、貴重な名刀をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼
太刀
為継(郷義弘の子)(松川肌の典型作)重要刀剣
南北
69.9 1.8
0.68 古来為継は天下の三名工、吉光、、正宗、郷、と讃えられる郷義弘の子であり、越中則重に師事したと伝えられている名工です。本刀は身幅広く大切っ先で板目に杢が交じり、地景が入った鍛えに地沸がつき、刃紋はのたれに互の目が交じり、金筋、砂流しがかかり、素晴らしく覇気有る刀を鍛えています、あたかも相州上工を思わせる名品です。郷とお化けは見た事が無いと古来言われております。郷義弘と越中則重を髣髴とさせる子の為継をお楽しみくださいませ。 白鞘 売約御礼
太刀
備州長船康光(加賀前田100万石伝来)(高知県重要文化財指定)(重要刀剣)
室町
初期
72 1.9
0.79 本太刀は加賀前田家藩主伝来品の貴重な太刀です。応永の三光、康光、盛光、師光は備前長船正系の代表者ですが、太刀の現存作が殆どなく、大変貴重な太刀です。応永備前は鎌倉時代の太刀を再現しようとして成功している為に、古来最高の評価がされています。本太刀も豪壮な太刀姿で、地金も板目肌に杢が交じり、時代の古い乱れ映りが立ち、刃紋は腰の開いた互の目刃に丁子が交じり、飛焼かかり、全てに華やかで足、葉良く入り刃中がとても明るく冴えています。名刀をお楽しみくださいませ。 白鞘
拵え
売約御礼

青江(生駒家伝来)(重要刀剣)
鎌倉
末期
70.5 2.4 0.65 (織田信長を生んだ家)(高松17万8千石)(秋田本庄1万石)
重要刀剣。 鎌倉時代の備中青江の名刀です。旧幕時代は生駒家に伝来しておりました。本刀は身幅広く姿堂々として、反り深く切っ先が延び、地金は板目肌よく詰み、地沸微塵に付、地景細やかに入り、乱れ映りが鮮明に表れ、刃紋は直刃調に小互の目、小丁子が交じり、小足しきりに入り、逆足が交じり、素晴らしく明るい刃を焼きあげています。地金がすこぶる良く地刃も健全で、鎌倉期の青江の特徴を最大限に現した大名刀です。青江には名匠が多く貞次、恒次、次家などは後鳥羽上皇の御番鍛冶として名高い。
白鞘
拵え
売約御礼

元重(長船)(相州貞宗門)(第9回重要刀剣)
南北
71.6 1.5
0.74 古来備前長船元重を相州貞宗三哲に数えています。本刀は切っ先の延びた豪壮な姿で、小板目肌に地沸良く付、乱れ丁子映りが華やかにかかり、刃紋は直刃調に小互の目交じり小沸がついて、小足が入り、逆がかって、葉が交じり、匂口が素晴らしく冴えています。帽子はのたれて尖る等、相伝備前と言われる、長船兼光、長船長義、この長船元重と備前長船南北朝期の大きな特徴ある典型的な刀です。又、重要刀剣第1回から第10回までの重要刀剣は古来名品揃いとして愛刀家垂涎の名品です。お楽しみくださいませ。 白鞘 売約御礼

来国長(重要刀剣)
鎌倉
末期
68.9 1.9
0.77 元徳1329年頃鎌倉末期、来国末の子で来国俊の門人、後摂津国中島に移住して打つので「中島来」と呼ばれています。本刀は鎌倉末期から南北朝期の豪壮な切っ先の延びた太刀姿で、地肌は小板目肌に地にえが微塵に厚付き、刃紋は直ぐ調のたれ刃に小足交じり指し裏物打ちあたりに打ちのけを交え、細やかな砂流しかかり金筋入り素晴らしく明るい刃を焼いています。来国光に大変似た大名刀です。拵えも江戸期の素晴らしい拵えが本刀に一段と華を添えています。 白鞘
拵え
売約御礼

於南紀重国造之(重要刀剣)
江戸
初期
68.2 1.3 0.77 (紀州の刀と鍔所載)
南紀重国は大和手掻派の末流と言われ、初め駿府で作刀したが元和五年徳川頼宣が紀州和歌山に移封に従って移りました。南紀重国の作は相州上工を写した乱れ刃と祖先の風を伝承した大和伝の直刃が有ります。本刀は相州伝を現わし特に志津三郎兼氏を写した名刀です。地金板目肌流れ心に、地沸よくつき、地景交じり地金素晴らしく良く冴えています。刃紋のたれ刃匂深く沸よくつき砂流金筋入り匂口明るく冴えています。大先生方の新刀随一の刀工は誰かと問うと南紀重国との答えが必ず出ます。新刀の大横綱の貫録を示しています。
白鞘 売約御礼
短刀
長谷部國重(重要刀剣)
南北
32.1 0.4 0.65 国重は大和から相州に移り新藤五一門に加わっていた長谷部鍛冶に学び、建武頃(1334年)山城の京五城坊門猪熊に移り鍛刀しています。本寸延短刀は地金は板目肌で棟寄りと刃よりに柾が現れ、刃紋は小のたれに大互の目乱れ飛焼きが盛んで皆焼になる激しいもので金筋砂流しが激しく掛かっています。織田信長の名物「へし切長谷部」はじめ多くの名物が有る古来正宗十哲の一人として名高い名作です。 白鞘 売約御礼

重要刀剣 越後守包貞(二代)
江戸
初期
70.4 1.2 0.7 大坂新刀を代表する越後守包貞の津田越前守助廣を上回る涛瀾刃の素晴らしい名刀です、越後守包貞は真改、助廣に次ぐ大坂新刀の名工で価格も高いものです。本刀は古来より有名な刀で、樺沢伯爵家伝来と伝えています。本刀は身幅広く堂々たる姿。地金良く詰まり地沸厚く付き、匂い深く焼き刃むら無く、地刃ともに素晴らしく明るく越後守包貞の代表作です。天下に聞こえた名刀をご堪能戴き、充分にお楽しみ下さいませ。 白鞘 売約御礼

重要刀剣 基光(無銘)
南北朝 71.5 1.8 0.8 長船兼光の子とされる長船基光の豪壮な素晴らしい名刀です。身幅広く切っ先伸び、反りの浅い南北朝の姿を現し、乱れ映り見事に元から先まで素晴らしく立ち、見事と言う事しか出来ない素晴らしい出来栄えです。乱れ映りの見本となるべき見事な名刀です。刃紋は互の目を主調として小にえが付き砂流しかかり帽子が乱れこんで先がとがり心となる点が長船兼光の大きな見どころです。
渡辺国雄氏旧蔵 第7回重要刀剣
白鞘 売約御礼
重要刀剣 平信秀 江戸
後期
75 1.8 0.8 文久三年十二月日 栗原信秀は嘉永三年頃源清麿の門に入り源清麿の代作者となったのは余りにも有名。 清麿一門中師に迫る出来栄えの名刀の数々を世に残しています。本刀も源清麿考案の長巻直しの姿素晴らしく堂々とした体配をしており、互の目乱れに角がかった清麿丁子素晴らしく良く焼き金筋が長く入る清麿の特徴を現しています。信秀は師匠清麿思いの刀匠で、清麿亡き後高野山に2基源清麿の墓を建立して師匠の菩提を慰める立派な人であり明治天皇の信任厚く大変可愛がられた刀匠でした。 白鞘 売約御礼
重要刀剣 和泉守兼定之作 最上大業物 室町
後期
72 2.1 0.7 大永頃(1521年) 室町時代の東国随一の名工兼定の素晴らしい名刀です。戦国時代は各戦国大名が争ってこの之定の刀を佩刀にしたのもその最上大業物の切れ味による。武田信玄の父信虎の差料は重要美術品として有名。肥後熊本初代細川三斎の差料で肥後拵(歌仙拵)の中身が有名な和泉守兼定です。本刀は板目に杢が交じり淡く白け映りが立ち刃紋はのたれを基調に所々大きくのたれ大互の目、互の目小のたれが交じり小足。葉が入り湯走りを交え飛び焼き棟や焼きがかかり華やかな作焼き刃に迫力があり豪壮な体配ですこぶる覇気が有り相州伝を素晴らしく現した兼定の最高傑作品です。兼定の現存品は素晴らしく少なく大変貴重な名刀です。是非お楽しみ下さい。 白鞘 売約御礼
脇差
兼町
室町
末期
40.6 0.8 0.67 長さ1尺3寸3分
本脇差の作者兼町の製作した永禄頃は(1558年)(458年前)時あたかも永禄2年信長が京に入京、永禄3年桶狭間の戦い、永禄4年川中島の戦と織田信長が天下統一に向け駆け巡る丁度その時の作です、兼町は美濃の名工です。本脇差は南北朝時代の延文貞治型の脇差姿を再現した元身幅広い平造の姿が良く、地金は小板目肌が良く詰まり明るく冴えた地金を鍛え、刃紋は大のたれ刃をゆったりと焼き、刃縁に働きを見せ大変覇気が有り見事です、兼町の刀は有名ですが現存作少なく本脇差は室町末期の末関の刀の中でも大変貴重な脇差です、是非兼町の名脇差をお楽しみくださいませ。今回世の中に初めて生で出たために棟に薄錆が有りますが、その他は美しく手入れをして特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝九州肥後同田貫
江戸
初期
38.4 1.4 0.68 (刀剣乱舞で有名)
長さ1尺2寸6分
すり上げて無銘になっていますが江戸時代慶長頃(1596年)(420年前)本脇差は世にあまりにも有名な九州肥後同田貫派の脇差と思われます。子ずれ狼で肥後同田貫は全国的にあまりにも有名です。同田貫一派は戦国時代に一門が栄え文禄の役には加藤清正に従って渡海朝鮮で鍛刀したとも伝えられています。本脇差は薙刀直の姿で身幅がたっぷりと有り、地金は板目肌に柾目肌を現し、地には地沸が映りの様に現れ、刃紋は沸出来の大互の目みだれ刃を焼き良く出来ています。この度世の中に初めて生で出たために、特別に格安にご提供いたします。江戸期の拵えも一層本脇差に華を添えています。刀剣乱舞で現在人気第一の肥後同田貫派と思える脇差をお楽しみください。
拵え 売約御礼
短刀
肥前国住近江大掾藤原忠廣(希望銘)
  17.7 0.1 0.56 長さ5寸8分
近江大掾忠廣は肥前国忠吉の嫡男で寛永十八年七月(1641年)(374年前)に近江大掾を受領。本短刀はあくまでも希望銘です。本短刀はお守り刀の短い姿を現し、地金は小板目肌に地沸がつき彫は表は棒樋に添え樋、裏は棒樋を彫っています、刃紋はのたれ乱れ刃がちじに乱れています。忠廣は新刀期の代表刀工で有り、新刀の正しく優等生ですが本短刀はあくまでも希望銘です。但し本短刀の拵えが江戸期の幕末の拵えが素晴らしく、銀総金具に植物の葉を毛彫で見事に彫り上げた黒呂合口拵えが立派です。幕末の地位の高いお嬢様のお守り刀として作られた物でしょう。今回世の中に初めて出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
太刀
来国行(来派の祖)(希望銘)
  67 1.5 0.77 長さ2尺2寸1分
来国行は来派の始祖正元頃(1259年)(756年前)刀剣界では横綱中の横綱として皆様大変良くご存知です。本太刀はあくまでも希望銘で御愛嬌です。そりはそそそこで、中切っ先で新刀の姿を現し、地金は小板目肌詰み、刃紋は互の目尖り刃を焼き来国行には見られない刃を焼いています。江戸期の刀に国行の銘を入れた物でしょう。銘が面白く国行には絶対にない来と言う銘を入れているところが御愛嬌です。今回生で世の中に初めて出たために格安にて御提供いたします。希望銘でも来国行の刀をお持ちになりたい方は是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

則行(豊州高田則行)
江戸
末期
71.3 2 0.82 長さ2尺3寸5分
江戸時代明和頃(1771年頃)(244年前)の大分県豊後高田鍛冶。天文頃の初代則行から数えて高田則行六代目です。高田刀工は大変物切れすることで、大変重要な刀として作られました。多くの戦乱で活躍したのが高田鍛冶の刀の数々です。古来名刀は大変高く手に入らないが、数寄者たるものは格は低くとも、その刀鍛冶の最高傑作品を持つべきと教えられてきました。本刀は切っ先の延びた豪壮な姿に板目肌良く詰み、刃中互の目刃良く沸えて明るく素晴らしく良く焼けています。正しく傑作刀で数寄者が持つにはふさわしい名刀です。豪壮な豊後高田則行の名刀をお楽しみください。
拵え 売約御礼

服部正廣(海軍軍刀拵付)
現代 63 1.2 0.78 服部正廣刀匠も昭和時代の刀工で、戦後は日本刀鍛錬に関わらなかった刀匠でしょう。戦後の作品が残っておりませんが、本刀は小板目肌良く詰み、刃紋は孫六兼元の三本杉を上手に焼き、孫六兼元写の刀を見事に鍛え上げています。現在海軍刀は殆ど軍艦と共に海底に沈んだために現存数少なく又鮫鞘の本刀は特に少なく大変貴重な刀です命を懸けてお国に尽くした海軍軍人の魂の刀を大切にいたしましょう。 拵え 売約御礼
脇差
康光(備前長船康光)(大業物)
室町
初期
50.9 1.1 0.52 長さ1尺6寸8分
備前長船の名工応永の三光(康光、盛光、師光)と古来尊称を与えられた巨匠備前長船康光の康光二字銘の貴重な脇差です。康光二字銘には古来名刀有りと言われる康光としては時代の遡る脇差で、時は足利将軍義満が金閣寺を建立した応永四年頃(1397年)(619年前)の名作です。本脇差は本造で姿良く、彫は表に棒樋を二段に彫り添え樋を掻き、裏に蓮の花と棒樋を彫り見事です。地金は応永備前の杢目肌の肌目を良く現し、刃紋は匂い出来の直刃をきりりと焼き応永備前の代表的作柄を現しています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。備前長船正系の代表刀工備前長船康光の名脇差を是非お楽しみくださいませ。
白鞘 売約御礼

和州住源貞弘作 昭和庚戌年仲春(奈良県重要無形文化財)(貞宗写)
現代 71.8 1.8 0.78 (昭和四十五年)
長さ2尺3寸7分
名人月山貞勝刀匠の弟子で人間国宝月山貞一刀匠と兄弟弟子の奈良県重要無形文化財喜多貞弘刀匠の相州貞宗写しの素晴らしい刀です。姿は元身幅広く先身幅も広く切っ先の延びた鎌倉末期から南北朝期の豪壮な太刀姿を現し、地金は板目肌良く詰み素晴らしく力強い地金を鍛え彫は表に見事な昇り龍を彫り、裏は梵字に護摩ばしを彫り、刃紋は互の目乱れ刃に金筋や砂流しを大胆に現し棟にも焼きを入れ相州伝を現し帽子は掃き掛け帽子となり相州貞宗を見事に再現しています。喜多貞弘刀匠は当時相州伝の刀を作らせると右出でるものは無いと大鑑定家の佐藤寒山先生の太鼓判を押された日本一の名人として大変有名な刀匠です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

信濃住清直作之 平成丁亥年三月吉日(正宗写)
現代 74.4 2 0.76 (平成19年)
長さ2尺4寸6分8厘
清直刀匠は人間国宝宮入昭平刀匠の弟、宮入清宗刀匠に昭和47年に入門。平成元年に努力賞、平成10年に優秀賞、その後も、優秀賞、努力賞を多数受賞。本名松川隆、長野県北佐久郡に住み、全日本刀匠会会員。本刀は平成19年度の作で相州正宗を狙った快心作です。切っ先伸びて元幅と先幅の差がなく、地金は板目肌良く詰み地沸が付、刃紋はのたれ刃に互の目の足が入り、金筋、砂流しの働き多く正宗の傑作刀を彷彿とさせる名刀ですお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼

筑前住源信国重貞
江戸
初期
70.9 1.6 0.74 長さ2尺3寸4分
重貞は筑前信国正統で元祖京信国より12代目筑前信国の祖吉貞の子供です。筑前吉政の弟になります。江戸時代寛永頃(1640年頃)(376年前)です。本刀の姿はやや反りの有るすこぶる良い姿を現し、地金は小板目肌良く詰み綺麗な地金を鍛え、彫は丸留の棒樋を見事に掻き、刃紋は妖刀村正を髣髴とさせる直調の刃に互の目の表裏の刃が揃った刃を焼き素晴らしく覇気が有ります。筑前黒田藩は明治になるまで本筑前信国派の刀を黒田藩の者だけにしか打たせない他国には出さないお留鍛冶にしました、素晴らしい刀でありながら明治になるまで筑前信国の刀は刀剣界では他では未知の刀でした。豊臣秀吉の軍師であった知将黒田官兵衛の刀剣武器を他藩に知らせないという知略が江戸時代にも脈々と続いていたことが判ります。今回世の中に初めて生で出たために薄錆も有りますがそれも御愛嬌です。昔は無外流宗家石井悟月先生の遺愛の刀でした。
拵え 売約御礼

陸奥国住人国廣 平成六年秋仲吉日(国宝山鳥毛写)
現代 75.7 2 0.7 長さ2尺5寸
国廣刀匠は本名中畑貢、青森県に昭和16年に生まれました、栗原彦三郎門の国俊刀匠に習い、本刀は国廣刀匠53歳の脂の乗り切った名刀です。本刀の姿は腰反りで元身幅と先身幅の差の無い豪壮な姿を現し、地金は板目肌に鍛え、刃紋は豪快な丁子乱れ刃が細かく高く変化多く焼かれ、刃中素晴らしく働きの有る刃を焼き見事に国宝山鳥毛の刀を写して成功しています。山鳥毛の刀を作るのは刀工の悲願ですが国廣刀工はその難しい作に成功して見事です、本刀は世の中に今回初めて生で出たために研ぎ直して美しくして特別に格安にて御提供いたします。 素晴らしく立派な陸奥国住人国廣の名刀をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼

相州住伊勢大掾綱廣(長曽祢虎鉄の師)
江戸
初期
69.7 1.2 0.82 長さ2尺3寸
五代伊勢大掾綱廣万治(1658年頃)の刀ですが世の中に初めて出たために審査を受けておりませんので伊勢大掾綱廣であったらいいな位に思ってください。初代は北条氏綱に召し出され小田原で鍛刀し初銘正廣を氏綱より綱の一字を授けられ綱廣と改めました。本刀は幅広で反りの浅い重ねが厚い豪壮な姿を現し、地金は板目に柾肌を現し、刃紋はのたれ乱れ刃に尖り互の目を焼き大変豪快な刀です。伊勢大掾綱廣は新刀綱廣の中で一番上手な刀工で、世の賞玩厚く数寄者好みの刀工ですが本刀はあくまでだったらいいなと思ってください、刀剣界では長曽祢虎鉄の師とも言われ、本刀の幕末の拵えも良く、古くから江戸期の武士の差料であった事が判ります。今回世の中に初めて出たために格安にてご提供です。お楽しみ下さい。
白鞘
拵え
売約御礼

伝月山貞吉
江戸
末期
76.6 1.2 0.8 長さ2尺5寸2分強
奥州月山の末裔江戸時代文政初年頃(1818年頃)(198年前)江戸に出て水心子正秀の門人となり、天保四年(1833年)(183年前)大阪へ移住。大阪月山栄華の基を築いた名工です。本刀は重ねが厚く反りが浅く元身幅の広い長寸で豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み明るい地金を鍛え、刃紋は直刃に小足や葉を入れ刃中良く働いています。拵えも江戸期の鉄一作金具の出来が良く目貫は虎の目貫で迫力満点です。本刀に一層華やかに華を添えています。この度世の中に生で初めて出たために多少地に大肌が有りますがそれも御愛嬌です。特別に格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼


九州肥後同田貫右衛門

室町
末期
70.7 1.2 0.77 長さ2尺3寸3分
肥後熊本では戦国時代同田貫一門が栄えました、同田貫右衛門は延寿の末流馬加氏、天正頃(1580年)(435年前)文禄の役には同田貫一門は加藤清正と共に渡海かの地に於いて刀を作ったと伝えられています。萬屋錦之介の子ずれ狼で同田貫の刀が一世を風靡した為に戦後最も人気が有り価格が天井知らずに高くなった事でも有名です。本刀は元身幅広く先身幅も広く切っ先の延びた豪壮な姿を現し、地金は板目肌力強く鍛え、刃紋は匂出来の直調の刃紋に互の目を交え砂流しを多く現し大変覇気有る刃を見事に焼き上げています。同田貫右衛門の在銘の刀は現在大変少なく貴重です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。同田貫右衛門の名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
応榎本正鬼君需 源秀明作 大正九年八月日(三笠砲鋼)
現代 51.7 1 0.62 長さ1尺7寸
本脇差は焼き入れの状態からかの有名な三笠の砲鋼で作られた脇差です。大正九年(1920年)(95年前)の作です。日露戦争で戦艦三笠は帝国連合艦隊の旗艦であり、東郷元帥座乗艦で日本海海戦ではロシアのバルチック艦隊を殲滅した戦艦として有名です。明治37年の黄海々戦で後部二連装の主砲の一門が破壊され、この破壊された主砲残鉄を使って刀剣を作る計画が起こり、当時の最高峰の刀匠である室蘭の堀井秀明刀匠に依頼して作りました。堀井秀明刀匠は明治19年生まれ、堀井胤明刀匠に入門、胤明刀匠に見込まれて婿となり、大正二年秀明と改名。大正7年北海道室蘭製鋼所の専属刀匠となります。秩父宮、高松宮、東久邇宮の軍刀他、宮内省より臣下への御下賜の短刀を鍛えました。昭和9年帝国美術展で最高賞を受賞。昭和18年には元帥刀の製作を拝命いたしました。戦前の最高の刀匠です。本脇は差表に櫃内に見事な浮彫で真の火焔不動と二筋樋、裏は独鈷付剣に二筋樋を彫った特別注文品です。多少の薄錆びも有りますがそれも御愛嬌です。日本の歴史を語る戦艦三笠の砲鋼で作られたであろう貴重な名脇差です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
大法師法橋来金道 萬治元年十二月吉日
江戸
初期
52 1.4 0.78 長さ1尺7寸1分
初代は伊賀守金道の弟で来家を再興して来金道と銘を切りました。本脇差は二代目来金道(1624年)(391年前)に法橋に叙せられた名工来金道です。本脇差は大変貴重な萬治元年の年号の有る(1658年)(357年前)十二月に作られた脇差です。姿は反りのやや深い寛永頃の姿を現し、地金は板目肌に柾肌を現し力強い地金を鍛え、刃紋は京焼き出しと言う直ぐ調の焼き出しを長く焼き、急に沸出来の互の目乱れ刃を焼き、刃中金筋や砂流しの見事な働きを現し、帽子は中がたるんだ覇気有る典型的な三品帽子を焼いて素晴らしい出来です。江戸期の変り鞘付拵えも本脇差に一層華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために、気にならない薄錆も有りますがそれも御愛嬌です。将来が大変楽しみな名脇差です。今回特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

伝大和大掾藤原正則
江戸
初期
70.1 1 0.62 長さ2尺3寸1分3厘
大和大掾正則は山城三条吉則の末葉で本国は丹後国宮津、後に越前福井に移り住んだと伝えられています。慶長頃(1600年)(425年前)初代越前康継と同時代又は先輩鍛冶とされています。本刀は元身幅が広く反りの少ない豪壮な姿を現し、地金は板目肌が良く詰み柾目肌を現し、素晴らしく良く鍛えられた明るい地金です。刃紋は互の目乱れ刃や矢筈乱れ刃、尖った刃、飛び焼きを交え素晴らしく覇気 有る変化有る刃を見事に焼き上げています。この様な見事な刃を焼いたために古来大変珍重されたものです。今回初めて世の中に生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝細川正守(鮫鞘拵付)
江戸
末期
66.8 1.8 0.74 長さ2尺2寸5厘
本刀は言い伝えでは、昔居合の巨匠であり名人であった中山博道先生から譲られたと言い伝えの有る刀です。長年蔵に仕舞っていたために少々錆が有りますが、調子の素晴らしく良い刀です。姿は元身幅と先身幅の差が少ない強い調子の良い姿を現し。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、力強い鍛えをしています。刃紋は匂い出来の互の目丁子刃を奔放に焼き上げ帽子も小丸に焼いて上手です。作陽幕下士細川正守は細川正義の孫となる刀匠で津山松平家の藩工です。幕末の江戸で大活躍をしています。本刀には鮫鞘の拵えが簡素ですが一段と華を添えています。格安でお楽しみくださいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
太刀
国宗 平成十三年十月吉日
現代 76.1 2.6 0.82 国宗刀匠は愛媛県新居浜住、本名藤田宗久。昭和38年生。河内国平刀匠門。河内国平刀匠は現在の名工として有名であり、又文化人として名が知られた当代の代表刀工です。本太刀は鎌倉時代の福岡一文字を狙った太刀で、腰反り高く刃肉がたっぷりと有る蛤刃で、切っ先は先が詰まった猪首切っ先を現し、地金は板目肌を鍛え地金が古く見え、刃紋は互の目乱れ刃に働きが豊かで、元に映り風の景色を現し、鎌倉期の太刀の再現に成功して素晴らしい名刀を作り上げています。国宗刀匠の貴重な太刀をお楽しみ下さいませ。 白鞘 売約御礼
脇差
仕込み杖拵(伝丹波守吉道)
江戸
初期
55 0.3 0.59 本刀は明治維新廃刀令後、世情まだまだ平常で無く高級官僚は身を守るために盛んに仕込み杖を身近に置き武士のたしなみを忘れず、何時でも臨戦態勢に応じる心構えを持っていました。本脇差も元々仕込み杖に入れるために作られたもので出来が良しい。百年以上ほっとかれたもので、錆が有り良く見ないとわかりませんが、地金は小板目肌よく詰み、刃紋は画期的な絵画的な富士山に見える刃を焼き中々見所のある脇差を仕込んでいます。拵えは仕込み杖拵で木肌の様に刻みその上に漆を塗って木目を現し、細かい青貝を散し出来も大変優れています。お楽しみ下さいませ。 拵え 売約御礼

伝波平
室町
初期
62.9 2.2 0.67 長さ2尺7分半
九州島津の波平鍛冶は平安時代から幕末まで連綿と続く日本刀発祥の刀鍛冶の一派です。本刀は応永時代(1402年)(614年前)の波平の名刀です。波平行安が波平鍛冶の代々頭領鍛冶の銘ですが、本刀は元々生無銘となっております。地金は九州地金ののっぺりとしたやや黒ずんだ地金で全面に古調な様子を表し、刃縁に流れた地景を表現し、刃紋は直刃調のたれ乱れ刃を見事に焼き上げ、いかにも波平の刀です。波平の刀は古来海軍等船に関係する人々に波が平で安全で縁起が良いと特に大切にされた刀です。時代が古いために見所多く今後とも是非大切にしてやって下さい。今回格別に特に格安にて御提供いたします。古刀波平の刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
寿命 濃州清水住人
江戸
初期
29.6 0.2 0.79 古来寿命程刀剣界で有名な刀は無いでしょう。古来より寿命が長くなるとのお祝いに古来から縁起物として、本短刀寿命が大いに喜ばれ大名間でも大いに贈刀に用いられたものです。本短刀は慶長(1600年)頃の寿命です。 近藤助左衛門。初めは濃州清水に住み、慶長の中頃に尾州清州に移ります。寛永5年名古屋に移りこの頃に丹後守を受領しました。本短刀は姿は身幅広く堂々とした体配をして、地金は小板目肌が良く詰み、刃紋は互の目刃を元から先まで規則正しく焼き、刃中明るく良く出来ています。是非御めでたい寿命の 名短刀をおたのしみくださいませ。 白鞘 売約御礼

冬廣作(美しい軍刀拵付)
室町
末期
60.8 1 0.8 相州二代廣次の子で若州小浜に移住、代々冬廣同銘が小浜に続きます。本刀は古刀の冬廣です。姿はいかにも切れ味良い鎬の高い、元幅と先幅の差が少ない姿に相州中心のやや腹の張った中心で、地金は小板目肌よく詰み、柾肌を交え刃紋は互の目乱れにちじに乱れた刃を交え砂流を現し大変覇気有る刃を焼き上げています。戦国時代を生き抜いた誉れ高い冬廣の刀をお楽しみ下さい。本刀にはお国の為に命を懸けて貢献した美しい軍刀拵えが付いています。生出しの為に、錆が少々有りますが大切にして下さい。 拵え 売約御礼
脇差
伝現代刀(最末期軍陣刀拵付)
現代 58.6 1.4 0.71 長さ1尺9寸3分
本刀は現代刀です。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は匂い出来の互の目刃が明るく焼かれています。本刀に付いている軍陣刀は普段見る軍陣刀と違い、所謂昭和20年の終戦間際に作られた軍陣刀です。その為に現存作が非常に少なく今となれば大変貴重な軍陣刀となっています。拵えの原型は宮本武蔵の武蔵拵えに範を取ったとされています。確かに柄巻も出し目貫で頭金具も丈夫に作られて鞘も鉄鞘で、見るからに頑丈な軍陣刀です。貴重な終戦間際の一命にかけて国を守り抜いた軍陣刀を是非大切にして下さい。
拵え 売約御礼

大道 昭和十九年(孫六兼元写)
現代 64.7 1.2 0.76 長さ2尺2寸
本名東谷藤吉、美濃関の刀匠です、戦後復活しなかった刀匠の為に、本刀は大道刀匠にとっても大変貴重な刀です。時は昭和19年激烈な戦いが各地で続き激闘激闘のさ中、命を懸けて日本の運命を守った陸軍将校の為に作られた刀です。姿は優美な刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は関の孫六の三本杉を見事に現した三本杉の尖り刃を焼き、大道刀工の工夫で刃が強くなるように物打ちあたりの刃を古刀の様に低く焼き刃こぼれを防ぐ工夫がされた焼きを入れています。拵えもその後作り変えられ、現代の拵えですが本刀に一層華やかさを添えています。お国を命を懸けて守った本刀を後世までも大切にして行きましょう。特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼
脇差
刀身不明(銀張揃い金具付脇差拵付)
  37.3 0.5 0.63 長さ1尺2寸3分
本脇差は今回世の中に生で初めて出たために御覧のように錆で地肌、刃紋が全て判りません。但し御覧のように拵えの銀張一作金具で出来た拵えが素晴らしく、現在では見る事が出来ない豪華な拵えとなっています。鞘は天目茶碗と同じ漆を塗り、柄も銀板を貼り目貫に当たるところはひまわりの花を高彫にし、そのひまわりの花の彫口の細工を見れば素晴らしい腕をした白銀師が手間暇を惜しまず時間を掛けて作りあげた拵えに感嘆の声が上がります。経年変化でこじりが痛んでいますがそれも今では御愛嬌です。今後是非研いで頂きこの文化財の拵え共々後世に大切に伝たえてやって下さい。特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
慶雲 久六 平成九年一月十九日(古波平写)
現代 31.8 0.2 0.7 長さ1尺5分
本名小島寛。昭和32年生まれ。源寿王直弘3代目直弘刀匠(柳川昌喜)に弟子入りし、後5代目直弘を襲名しました。初代直弘刀匠は大慶直胤の弟子でした。師三代目寿王直弘刀匠は刀の研究に明け暮れ、鉄をも切れる刀を作り有名ですが、現存作殆ど無く今も探している方多く居られます。本五代目慶雲直弘刀匠の脇差は、姿は鎌倉時代の薙刀の先の部分だけを写した古風な姿を現し、地金は小板目肌良く付きむっちりとした肌を鍛え、刃紋は古風に元を焼き落して匂いのきりりと締ったのたれ乱れ刃に互の目を交え大変古調な刃を焼き上げ雅味が有ります。鎌倉時代の古波平を写して成功しています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。 お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝現代刀(拵え付)
現代 68.6 1.9 0.8 長さ2尺2寸6分 重量鞘を払って1069gr
本刀は無銘の為に刀匠名は判りませんが、大正昭和時代に作られた刀です。姿は元重ね厚く元身幅広く豪壮な刀姿で、地金は小板目肌に力強く鍛え前の御持ち主様が試し切りのお稽古に使用した為に、ひけが有りますがそれほど気にもなりませんまたそれも御愛嬌です。刃紋は匂い出来の互の目刃を上手にきりりと明るく焼き上げています。拵えも現代の拵えが付いており超特価品の刀としてお楽しみいただければ、本刀も喜ぶものと思います。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。大正昭和時代に造られた現代刀を是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
義助
室町
末期
42 0.7 0.62 長さ1尺3寸8分半
本脇差は大永頃(1521年)(495年前)の遠州駿河(静岡県)の有名な義助の脇差です。本脇差は姿の良い平造の姿を現し、地金は板目肌を鍛え所々大肌も現れていますがそれも時代の経過の証拠の御愛嬌です。刃紋は互の目乱れ刃に焼き刃の頭から地に映りを現し大変覇気有る刃を焼いています。相州彫も深く棒樋を裏表に簡単な彫ですが見事に彫っています。義助の祖先は昔は相州正宗と言われるぐらい非常に上手な名工です。古来義助の脇差は大変玄人好みの脇差で本脇差も変化ある大変素晴らしい働きの名脇差となっております。多少の鍛え肌が出ていますが500年の時代の経過です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
兼宿(かねいえ)(来国俊写)
室町
末期
23.2 0 0.57 本短刀は平造で、姿が大変良く、山城の来国俊を写した名短刀です。時代は天文(1532年)頃、地金は板目肌に柾目肌を交え、白気映りが現れ、刃紋は元から先まで匂い出来の直刃を上品に格調高く焼き上げています。出鮫合口拵えも江戸中期の拵えで、鞘は青貝を交えた上品な拵えとなっています。兼宿の刀は大変有名なれど、拝見する機会がほとんどなく資料的にも大変貴重な短刀です。お楽しみ下さいませ。 拵え 売約御礼
脇差
伝国包(後代)(希望)
江戸
初期
42.8 0.6 0.66 長さ1尺4寸1分
仙台伊達藩お抱刀工、初代国包は本名は本郷源蔵と言い、慶長十九年藩主伊達政宗の命により、上京して越中守正俊に入門、元和五年に帰国。国包は大和保昌の末流と称しているとおり、保昌そのままで、荒い柾目鍛えで柾目が揃っています。本脇差は無銘の為後代国包であったらいいなとの位で思ってください。姿は豪壮で反りが浅く寛文位国包二代目だったらいいのにとの脇差です。古研ぎの為に地刃が良く判りません。多少柾目鍛えが現れ、刃紋も沸深く大変趣ある明るい力強い刃を焼いています。国包は十三代まで続く仙台伊達藩が誇る名工です。古く痛んでいますが時代の拵えが本刀に一段と華を添えています。研ぎの練習をしたい人にはうってつけです。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
伝新刀(錆の為に一切不明)
江戸
初期
44.2 0.9 0.66 長さ1尺6寸
本脇差はご覧の様に長年そのままにされていた為に刃紋は直刃と判りますが、地鉄は残念ながら解りません。ハバキも壊れています。但し拵えは武士のそれまでの帯に差す様式から、幕末のズボン差しにしてぶら下げる様式に改良されているところを見ますと、その時の時代の武士の武装の急激な洋風への移り変わりが判ります。主な武器は鉄砲へ移行し射撃に刀は邪魔にならぬようにズボン差しにしてぶら下げた物でしょう。この形が明治時代になると軍刀に移行するもので、大変参考になります。研ぎの練習等に是非お役立てくださいませ。特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼
脇差
伝康国(小田原相州)(大業物)
室町
末期
40 0.9 0.53 長さ1尺3寸2分
康国は島田義助の門人で相州綱廣の門人の綱家とは兄弟です。享禄(1528年)頃(487年前)の刀工です。島田より北条氏の居城小田原に移住して北条氏康より康の字を賜って康国と銘を切った誉れの刀工です。本脇差は平造で身幅の広い大変良い姿を現し、地金は板目肌を大変覇気有る地金に鍛え、彫は深い相州彫の表に独鈷付剣と二筋樋、裏は二筋樋を見事に彫り上げています。刃紋は互の目のたれ乱れ刃に沸を強く付け刃中良く働き相州伝を見事に現しています。小田原相州康国の脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

肥前国忠吉(八代)
江戸
末期
72 3 0.72 長さ2尺3寸7分
有名な幻の肥前国忠吉八代目です。八代忠吉は忠吉家の卓尾を華々しく飾る名工です。八代橋本新左衛門忠吉は鍋島藩で大変重要視された刀工で、鍋島藩近代化に重要な役目を果し大砲の製造や軍艦の製造にも深くかかわり、往々にして藩主の御前にて刀剣の鍛錬を披露する事もあり、藩主の信頼深い名工です。あまりの上手さに初代や三代忠吉に混同される名刀が多く本刀も姿は腰反りで豪壮な太刀姿を現し、地金は小糠肌に鍛え力強い地金を現し、刃紋は腰刃を大互の目に大胆に焼き上げ、初代の手癖の水影も見事に現し、先を中直刃素晴らしく明るく匂い口きりりと明るく焼き、大胆に棟焼きも有り、八代忠吉が誠に創意工夫を凝らした山城粟田口国綱写しの特別注文品の名作となっております。幕末嘉永頃の作です(160年前)今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼

左国光源正国作 甲寅年晩秋(昭和49年)(肥後国同田貫正国写)
現代 75.1 2.1 0.83 応吉田利秋需
長さ2尺4寸8分
小宮四郎国光刀匠は福岡県大牟田市住。国工院会員権大宗匠、大日本刀匠会最高名誉賞、文部大臣賞、県教育文化功労賞と数々の賞を総なめにした名工です。明治27年生まれ。本刀は現在刀剣乱舞で素晴らしく有名な肥後国同田貫正国の豪壮な刀を写した名刀です。元身幅と先身幅広く重ね厚く素晴らしく豪快な如何にも同田貫の刀です。刀身のみの重量1294grもあり、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は同田貫の互の目乱れ刃を良く焼き見事です。今回世の中に初めて生で出たために小宮四郎国光刀匠の同田貫正国写しの刀はこれが唯一と思われ大変貴重です。名工国光刀匠の素晴らしい刀を特別格安の価格で御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

武士道肥後国八代住赤松太郎兼裕作 丙申年三月吉日
現代 74.6 2 0.74 以自家製鉄鍛之
長さ2尺4寸6分 重量鞘を払い1036gr
互の目丁子刃素晴らしく良く出来ています。
拵え 売約御礼

濃州住房太郎作 平成十七年二月日
現代 72.2 1.5 0.72 長さ2尺3寸8分 重要鞘を払い904gr
互の目丁子刃良く出来ています。
拵え 売約御礼

信房 昭和十九年新春(法華三郎信房 初代)
現代 65 2.2 0.75 長さ2尺1寸4分強
法華三郎信房は宮城県の刀工で大変な名工として有名です。明治18年生まれ、七代目法華三郎信房です。戦争中は弟子二十二人を抱え作刀。戦地からの報告を元に鍛法、焼き入れ法の別による刃味、耐久性の資料を残しています。大変研究熱心な刀工です。本刀は反りは腰反りで、鎬が高く元身幅と先身幅の差の少ない、重ねが厚い豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は沸の付いた互の目乱れ刃を刃中砂流しも現し見事に焼き上げています。家伝の仙台国包の大和伝逆丁子足も巧みに交えて出来が素晴しい名刀です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
枝菊紋 和泉守来金道
江戸
初期
55 1.3 0.64 長さ1尺8寸1分
京五鍛冶の長男伊賀守金道の弟越後守金道が山城来家を再興して来金道と銘を切りました。本刀は菊紋の姿から寛文時代(1660年頃)(356年前)に活躍した三代目和泉守来金道です。斬れ味優れた業物として大変有名です。姿は元身幅と先身幅の差の少ない切っ先は詰まった猪首切っ先となり、豪壮な姿を現しています。地金は板目肌良く詰み、刃紋は当時大坂で大変流行った津田越前守助廣の濤乱刃を写して、波飛沫に見なした十個もの丸い飛び焼きを見事に地に焼き来金道の腕の良さを充分に現した見事な脇差です。京の鍛冶棟梁の一門としての真価を現した名 脇差です。鎌倉時代の山城来家を再興した和泉守来金道の作品をお楽しみください。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

肥後菊池住惟義 以菊池川砂鉄鍛之
現代 72.8 2.1 0.71 長さ2尺4寸
重量鞘を払い1157gr 本名大塚惟義、全日本刀匠会会員、大正5年生。盛高靖博刀匠の門に入り御子息は大塚惟忠刀匠です。本刀は菊池川の砂鉄を集めてそれを採り、粘土でたたらを築き、炭で砂鉄を精錬して和鋼を作り上げ、その中から一番純良な鋼の中から刀の材料の玉鋼を選び出し、大変な時間と手間暇をかけて作り上げた刀です。本刀の姿は鳥居反りで地金は小板目肌良く詰み、力強い地金を鍛え、刃紋は小沸の付いた上品な直刃を上手に焼き上げています。当時は刀の材料の玉鋼が枯渇して全国の刀匠は大変困っておりました。大塚惟義刀匠は自分で地金造から研究し本刀の様な素晴らしい刀を血のにじむような思いで作り上げました。砂鉄から鍛えた惟義刀匠の刀を是非お楽しみくださいませ。
拵え 売約御礼

末関(切付銘江)
室町
末期
65.3 1.5 0.76 長さ2尺1寸5分
本刀は江戸時代は正宗十哲の最高峰と言われた江と切付銘があり江(郷)とされていました。本刀は元身幅広く先身幅も広く豪壮な姿を現し、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の大のたれ刃を大らかに焼きその様な焼き刃を以って古来江(郷)と珍重された物と思われます。昔から江とお化けは見た事が無いと言われた位江(郷)の刀少なく江戸期は大変大切にされたものでしょう。拵えは現代の拵えですが本刀に一段と華やかに華を添えています。この度世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。認定は末関ですが江(郷)と切付銘のある豪壮な刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
摂州住国重(池田鬼神丸国重)
江戸
初期
47.1 0.6 0.69 (新撰組三番隊長斉藤一の愛刀として有名)
長さ1尺5寸5分
備中水田の出身で後大坂二代河内守国助(中河内)の弟子となり、大阪の池田に住んだために池田鬼神丸国重と名乗りました。一躍有名にしたのは新選組三番隊長斉藤一の愛刀が本池田鬼神丸国重の為にいやがうえにも人気絶頂です。本脇差は反りの浅い寛文新刀の姿を現し、地金は板目肌良く詰み地にふくれと言う笑窪が三か所有りますがそれも御愛嬌です。許してやって下さい。刃紋は師国助の互の目乱れ刃を焼き刃の一部に拳型丁子刃を現し、良く出来ています。どう言う訳か池田鬼神丸国重の作品少なく新撰組フアンにとっては待ち望んでいた脇差です。持ちたい人は多いのですが、現存作無く本脇差は大変貴重な脇差です。世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝若狭守氏房 主 伯耆左兵衛佐源長良 太勝 誉
室町
末期
71.9 2.6 0.66 南北朝時代の後醍醐天皇の楠正成と共に寵臣である名和長年の末流。本刀は名和顕孝(なわあきたか)官途は左兵衛尉、肥後宇土城主の大変貴重な所持者銘のある刀です。後太閤秀吉の時代に小早川隆景に属しました。元寇の際の記録として有名な「蒙古襲来絵詞」を所蔵していました。本刀は太勝誉の銘がある如く、従軍し素晴らしい大勝利の戦勝記念の誉れを中心に記しています。刀は大すりあげ無銘ですので、当時の織田信長の抱え鍛冶であった若狭守氏房あたりであろう刀で、先反りの強い元は2尺5寸以上あった豪壮な刀です、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は如何にも物切れする大のたれ刃が如何にも戦国武将好みと思われます。拵えは古いために大変痛んでいますが貴重です、宇都城主名和顕孝の貴重な刀をお楽しみ下さい。 白鞘
拵え
売約御礼
脇差
紀新太夫末河内守源行平(松葉本行)
江戸
初期
51.2 0.9 0.61 長さ1尺6寸9分余
河内守源行平は寛永十九年生まれ(1642年)(372年前)鎌倉時代の豊後紀新太夫行平の末裔と名乗った刀工で、延宝五年三十五歳の時肥前の唐津に移住しました。元禄七年江戸に行き、本阿弥家から本の字を授けられた為に行平から本行と改名。銘の本の形が独特で松葉の様に見えるところから松葉本行として天下に有名となりました。本脇差は反りの少ない姿に地金は小板目肌良く詰み、刃紋は匂の深い直調の刃を焼き二重刃や打ちのけを現し覇気有る刃を焼いています。江戸時代の今の時代では塗れない松葉塗青貝散し変り塗鞘の付いた拵えが本脇差に一層華を添えています。極めて拝見する事の無い貴重な松葉本行の脇差をお楽しみ下さいませ。この度生で初めて世に出たためにお手入れをして格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼
短刀
日光氏守作 平成十八年二月(平成十八年新作刀展入選作)
現代 25.3 0 0.71 (備前国長船与三左衛門尉祐定写)
長さ8寸3分5厘
日光氏守刀匠は本名山城健一、栃木県日光市住、人間国宝宮入昭平先の弟で源清麿写しで有名な宮入清宗刀匠の門。本短刀は平成18年の新作名刀展の出品の為に作られた両刃の見事な短刀です。姿は大ぶりの反りの無い両刃造の短刀姿を豪壮に見事に現し、地金は板目肌良く詰み明るい地金を力強く鍛え、刃紋は匂い出来の直調の刃に互の目を交え棟寄りの刃は深々とのたれ調に刃を焼き切り、刃中明るく良く出来ています。両刃造の短刀の製作は大変難しく、一年に一度のコンクールに出すための快心作です。前の御持ち主様が刃に固いものでも当てたのか刃に一部当たったところも有りますがそれも御愛嬌ですその分特別に格安にて御提供いたします。新作刀展の出品刀を手に入れる機会少なく大変貴重ですお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
尾崎長門守藤原助隆 享和二年八月日
江戸
末期
41.6 0.6 0.59 長さ1尺3寸7分
尾崎助隆は本国播磨、大阪に出て黒田鷹ェの弟子となり大阪の前期の新々刀を代表する有名な刀工です。本脇差は享和二年(1802年)(212年前)の小振りの鎬造の脇差です。地金は小板目肌良く詰み、刃紋は助廣が創始した濤乱刃を見事に素晴らしく上手に焼き上げています。このように上手に素晴らしい濤乱刃を焼けるのが尾崎助隆で。津田越前守助廣に匹敵する名工と言われています。今回生で出ましたので格安でご提供です。是非憧れの尾崎助隆の作品をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
繁慶(希望銘)
  27.6 0.1 0.55 長さ9寸1分
本短刀は相州正宗を超えたと言われる古来有名な繁慶ですがあくまでも希望銘です。繁慶は相州正宗を理想とし硬軟織り交ぜた地金を鍛錬し所謂「ひじき鉄」を現わしていますが本短刀は板目肌を現しさほど大肌は現れていません。刃紋は相州伝の互の目乱れ刃に細かく金筋を交え、良く繁慶を写しています。本短刀の中心尻は刃上りの急な繁慶中心を写し銘はル又の繁慶の銘を写していますがあくまでも希望銘です。繁慶は元は鉄砲鍛冶で、後に刀匠となった為に、現存するもの大変少なく、繁慶を是非持ちたい方に本短刀は希望銘なれど最適です。この度世の中に初めて生で出たために薄錆びも有りますがそれも御愛嬌です。特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝越前関(警察官用サーベル拵付)
江戸
初期
50.6 0.5 0.58 長さ1尺6寸7分
本脇差は戦前は官給品の為に、市場に出る事が少ない大変貴重な警部以上が持つことを許された、警察官用サーベルの拵えが付いた貴重な脇差です。脇差の時代は寛文頃(1661年)(355年前)の越前新刀の作思われます。本脇差は生で世の中に初めて出たために御覧のように薄錆があり地刃の様子が良く判りませんが刃紋はかすかに見えて互の目乱れ刃に尖り刃を交えています。貴重な警察官用サーベル拵えの付いた伝越前関であろう脇差をお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
伝和泉守兼定(刀剣乱舞で有名)
室町
末期
52.4 2 0.74 長さ1尺7寸3分
本脇差は古来有名な兼定二代目の和泉守兼定(之定)の養子で、三代目世に言うところの有名な兼定の定の字のウ冠の下を疋と銘を切るので(ひき定)であったらいいな位の脇差としてご覧ください。江戸期には武士が腰のものとして大層自慢に持っていた脇差でしょう。本脇は差元に踏ん張りが有り先反りが強く付き力強い姿を現し、地金は板目に柾肌が流れ、白け映りが淡く立ち、地には笑窪も見れますがそれも御愛嬌です。刃紋は互の目乱れ刃、矢筈乱れ刃を交え金筋や砂流しが現れ如何にも物切れする脇差です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にてご提供です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
廣岡二植ヌル楠ガ梅トナリ総見院春厳一品前内府 宗近朝嵐高野喜次様江源昇(花押)(田原藩家老渡辺崋山が高野長英へ贈った脇差)
江戸
末期
33.3 0.5 0.58 長さ1尺1寸
本脇差は天保10年(1839年)5月(177年前)江戸で蘭学が大いにはやり、保守的な幕府の蘭学への言論弾圧事件のいわゆる「蛮社の獄」で亡くなった蘭学者で南画家で田原藩家老渡辺崋山が高野長英へ贈った脇差となっています。中心の銘の意味合いは、「日本の国にまいた防虫剤が有毒になり、崋山と長英二人は信長の様に完成を待たず死ぬ羽目となった。君一人(長英)だけは幕府から逃れて信長のようにはなるまいぞ、高野君よ、私(崋山)はもうこの世にはいないが、泉が大河となるよう後を次いでくれたらどんなに嬉しいことか。嵐(混乱)を終わりにして、穏やかな朝に近づける長(おさ)となり、立派に完成してくれよな。」高野長英様へ死に行く渡辺登より。本脇差の作者宗近は三笠山麓住三条小鍛冶宗近と銘を切る大和奈良の刀工です。大塩平八郎の乱、蛮社の獄と幕末動乱へと大きく舵をきったきっかけとなった事件です。小品なれど刃紋は菊花丁子刃を焼き本蛮社の獄で倒れた二人を偲ぶにふさわしい脇差です。
白鞘 売約御礼

武芸住兼国作 平成十三年六月吉日(無鑑査)(津田越前守助廣写)
現代 72.8 1.8 0.75 長さ2尺4寸
尾川兼国刀匠は本名尾川光敏。大坂新刀の横綱。津田越前守助廣写の濤乱刃を現代に見事に再現させ、文化庁長官賞、日本美術刀剣保存会会長賞、薫山賞の数々の賞を総なめにした現代刀工の代表者です。本刀も津田越前助廣写の姿優美で、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、助廣以上の、匂いの深い濤乱刃をむらなく見事に焼き上げています。有名な兼国刀匠の名刀をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

兼房(若狭守氏房)(織田信長の抱え鍛冶)
室町
末期
75.3 2 0.77 長さ2尺4寸8分半 重量鞘を払い950gr
兼房五代目弘治二年(1556年)(460年前)長兄石見守国房より惣領職を譲られ善定嫡家を継ぎ、織田信長の推挙で永禄十三年(1570年)(446年前)若狭守を受領してほどなく氏房と改めました。本刀は室町末期織田信長と浅井長政が戦った姉川の戦いの丁度その時分に作られた長寸の優美な刀姿で、地金は板目肌に鍛え、彫は棒樋を上手に彫り上げ、刃紋は匂い出来に小沸の付いた直刃に足を入れ見事に焼き上げています、関の刀に関わらず大変上品な刀となっているところが名工の証です。拵えも素晴らしい天正拵えが本刀に一段と華を添えています。今回世の中に生で出たために特別に格安にて御提供いたしますお楽しみ下さいませ。
※白鞘は付属しておりますが、つな木はありませんので予めご了承下さいませ。
拵え
売約御礼

伝森岡正吉
現代 69.6 1.8 0.67 長さ2尺3寸
重量鞘を払い1035gr 本国土佐南海太郎朝尊の孫、宮本包則や月山貞一に師事した、森岡正吉の作であろうと思われる刀です。本刀の姿は中間反りと言われる鳥居反りで、切っ先は中切っ先で元身幅と先身幅の差が有る刀姿を現し、地金は小板目肌を良く鍛えすこぶる明るい地金を鍛え、刃紋は小沸の付いた匂い出来の元は大互の目乱れ刃先は低い互の目刃を焼き変化有る刃を交え大変覇気有る刃を焼いています。拵えは簡素な拵えですが、一層本刀に華を添えています。この度生で世の中に初めて出たために格安にて御提供いたします。森岡正吉に見られる刀をお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

新井一貫斉政幸 昭和五十八年七月日
現代 74 2.2 0.74 長さ2尺4寸4分 重量鞘を払い1177gr
本名新井幸一明治41年生。埼玉県岩槻市。酒井一貫斉繁正門。繁正刀匠は無鑑査。笠間繁継門の逸材として有名な刀工です。同門に鬼才塚本起正がいました。 本刀は反りが深く姿堂々として、地金は板目肌良く鍛えられ所々鍛え肌の荒い所も有りますが、それも鍛えた印の御愛嬌です。刃紋はのたれ乱れ刃を焼き刃中砂流等を交え覇気有る刀を鍛え上げています。昭和58年の作品で政幸刀匠75歳の作です。傷も有り、試し切りで曲げてもいますので、試し切りをしたい人にはうってつけです。超格安にお分けいたします是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
村正(と銘有)(妖刀村正)
室町
末期
27.8 0 0.42 村正 天文二代銘佐藤寒山鞘書
長さ9寸2分
妖刀の名で世界的に有名な村正と昔から伝えられた短刀ですがそれも御愛嬌です。本短刀は身幅尋常で、重ねは薄く鋭利な姿を現し、中心は村正のたなご腹で、地金は板目肌に柾目肌が交じり、刃紋は表裏揃う互の目刃、互の目の足は刃先に突き抜ける様で如何にも村正の掟通りの刃を焼いていますが、あくまでも今は希望銘です。村正は伊勢の刀工、徳川家にあだなす刀ということで、江戸期は徳川幕府では特に忌み嫌った刀ですが有栖川親王が戊辰戦争の時に東征軍総大将になり、徳川幕府を打ち倒すとの意味を持ち、その時の佩刀が村正の刀で有ったことは、大変有名なお話です。村正の銘ある短刀を是非持ちたいと言う方に格安にて御提供いたします。村正とあくまでも伝えられた夢のある短刀をお楽しみください。
白鞘 売約御礼

備州長船祐定 天文三年八月吉日
室町
末期
67.7 1.8 0.64 長さ2尺2寸3分
室町時代天文3年(1534年)(482年前)の作、足利十二代将軍足利義晴が京に入京した丁度その時の作です。時あたかも戦国時代日本の歴史が今まさに変わろうとするときに作られた祐定の刀です。本刀の姿は備前の腰反りの姿で、地金は板目肌に鍛え淡い乱れ映りを現し、刃紋はこの様な刃は良く切れると言われる直調の乱れ刃如何にも物切れする刃を焼いています。備前の刀は古来業物が多く本刀も業物の祐定です。拵えは江戸期の拵えが本刀に一段と華を添えています。古刀が欲しいと言う方には最適な刀です、今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
河内守国助(中河内)
江戸
初期
49.6 0.8 0.68 長さ1尺6寸4分
初代国助の子中河内と尊称され大坂はどう言う訳か二代目に名工が多く、大坂新刀で助廣や真改とともに素晴らしく有名な名工です。又その華麗な刃紋から新刀一文字と呼ばれています.本脇差は反りの少ない寛文新刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み見事な地金を鍛え覇気有る地金を鍛えています。彫は表は腰に護摩ばし。裏に腰樋を上品に彫り上げ特別注文品で見事です。刃紋は特別注文品の為に河内守国助としては異例中の異例と思われる匂い出来の直刃を見事にむら無く焼き上げています。直刃は誤魔化しようのない刃紋の為に本脇差を見るだけで中河内の技量の高さが良く判ります。今回世に初めて出たために格安にてご提供いたします。河内守国助の名脇差を是非お楽しみください。
白鞘
売約御礼

和泉守藤原国貞
江戸
初期
75.5 0.9 0.7 和泉守藤原国貞は大坂新刀の祖として余りにも有名刀工です。本刀は大変洗練された姿に素晴らしく垢抜けした刃を焼き、子の井上真改代作代銘と思われるこれが刀です。小板目肌良く詰み沸出来の互の目丁子刃素晴らしく明るく良く出来ています。大坂新刀の代表的名刀を是非お楽しみくださいませ。 白鞘 売約御礼
脇差


庄司大慶直胤作 文化元年八月日

江戸
末期
46.1 0.6 0.75 長さ1尺5寸2分
大慶直胤は当時幕末の一二位を争う名工です。本脇差は現存作少ない貴重な直胤の初期作文化元年(1804年)(211年前)(26歳作)の越前守助廣写しの脇差です。姿は力強く、地金は大坂新刀の艶のある地金を上手に鍛え、刃紋は助廣の浜に打ち寄せる波を現した濤乱刃を直胤風に工夫を凝らした刃で焼き、しぶきを現す飛び焼きを焼き、今まさに天賦の才能が開花した脇差です。大慶直胤は当時の大名や高級武士、地方の名士や文化人との交流が多く、その当時としては考えられない日本全国20数か所に旅をして、その地その地で刀を鍛えており大慶直胤の素晴らしい人気の程が判ります。大慶直胤の刀が当時10両、源清麿の刀が3両如何に大慶直胤の人気が高かったかが判ります。新々刀の巨匠大慶直胤の脇差をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

月山貞一精鍛 明治四年未年二月日
現代 66.7 1.4 0.59 長さ2尺2寸1分
帝室技芸員月山貞一刀匠は天保7年(1836年)滋賀県に生まれ、月山貞吉の養子となりました。本刀は備前長船景光写の傑作です。月山貞一刀匠は明治39年4月に帝室技芸員(人間国宝)に任ぜられました。本刀は月山貞一刀匠35歳の作品です。姿は身幅やや狭く、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は互の目丁子刃をむら無く見事に焼き上げ、天賦の才能が伺われます。彫は棒樋を見事に彫り上げ月山貞一刀匠の彫の上手さが良く現れています。近世の彫りの名人の名声に見事答えた素晴らしい刀です。月山貞一刀匠の名作をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼

伝大石左
室町
初期
71.2 1.4 0.65 長さ2尺3寸5分
大石左は筑前左定行の末と言い、筑後大石に住んだ為に大石左と呼ばれています。家永、武永の名が有ります。室町応永頃(1394年)から続きます。本刀は元は2尺6寸の太刀を大すりあげにした刀です。姿は大切っ先の横手の張った南北朝時代の姿を現し、地金は板目肌に鍛え、刃紋は激しい互の目丁子乱れ刃、刃中良く働き、帽子は一枚帽子を焼き深く棟まで焼いているところが左につながります。大石左は剣界ではこの様な大変変化有る刀の為に珍しい物として古来大変喜ばれています。江戸期の拵えも本刀に一段と華を添えています。今回世の中に生で初めて出たために格安にてご提供いたします。
拵え 売約御礼

則光(備前国長船)
室町
末期
63.3 1.9 0.85 鎌倉時代の備前長船長光の門に則光がいます、その後の寛正頃(1460年頃)の則光は備前刀の中でも代表刀工として有名です。本刀は少し時代が下がる、則光と銘のある永禄頃1560年(454年前)の刀です。時あたかも桶狭間の戦いで織田信長が駿河の太守今川義元を倒し、天下統一の足掛かりを得た時に出来た名刀です。姿は腰反りで棒樋を角留に留め、添樋を彫り、上品な備前刀の姿を現し、地金は板目肌良く詰み潤いのある地金を鍛え、刃紋は備前刀独特の匂い口の柔らかい変化有る互の目丁子刃を焼き、刃中所々に匂の切れた様な葉の働きを現し雅味が有り、覇気有る刃を焼いています。古刀備前名工備前長船則光の名刀を是非お楽しみ下さいませ。 白鞘 売約御礼

筑州住岩戸 光 合作 平成八年七月日
現代 72.8 1.9 0.74 不可斬美術刀也
長さ2尺4寸 重量鞘を払1286gr
本刀は岩戸刀匠と、宗光刀匠の合作の素晴らしく元身幅先身幅の広い豪壮な刀です。岩戸刀匠の作品は少なく本刀は大変貴重な刀です。光刀匠は宗勉刀匠の弟子として名高く名声高い刀工です。二人の合作刀は少なく大変貴重です。地金は板目肌良く鍛えられて力強い地金を鍛え、刃紋は備前伝互の目丁子や重花丁子を見事に焼き上げて上手です。添銘にもあります様に、後世に残る名作を作ったとの自信作です。拵も現代作ですが高級で上手です。本刀に一層華を添えています。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

伝尾崎源五右衛門助隆(大平造)
江戸
末期
71.8 1.8 0.77 尾崎助隆は本国播磨、大阪に出て黒田鷹諶の弟子となり大阪の前期の新々刀を代表する有名な刀工です。本刀は大変変わった特別注文品でしょうか、大平造で三つ棟で、豪壮な姿に濤乱刃を素晴らしく上手に焼き上げています。尾崎助隆の濤乱刃の特徴は波の形が英語のMの形になるのが特徴です。のこのように上手に素晴らしい濤乱刃を焼けるのは尾崎助隆しかないでしょう。本刀は長年蔵の中に保管されていたために、中心が朽ちこんでいますが、極上の研ぎで、只今蘇りました。尾崎助隆の最高傑作品と言える作品をお楽しみ下さいませ。 白鞘

売約御礼

短刀


月山(綾杉肌)(永正頃)

室町
末期
27.6 0 0.62 日本刀の草早期から始まる刀の1本として奥州月山は余りにも有名です。本短刀は時代は永正頃(1500年頃)出羽(山形県)の月山を中心として月山鍛冶が隆盛の極みを謳歌していた時の貴重な短刀です。時代がかわり、時代とともに、本州の刀に押され消耗も加わり極めて少なくなってまいりました。本短刀は典型的な月山独特の綾杉肌を現しすこぶる優品で貴重な短刀です。幕末奥州月山の末裔が水心子正秀の弟子となり大阪月山の元を作った月山貞吉、月山貞一、月山貞勝、月山貞一、月山貞利、月山貞伸六代の基となる貴重な短刀を是非お楽しみください。 白鞘 売約御礼

甲斐住人忠吉
江戸
初期
68.6 0.9 0.81 長さ2尺2寸6分
加州住藤原忠吉、六右衛門延宝頃(1673年)と言うのが本刀の作者でしょうか。 姿は寛文新刀の反りの少ない頑丈な姿中心は加州中心の削げ継風の中心尻です。地金は板目肌が流れて柾肌が現れ、刃紋は直調のたれ刃に二重刃を現し覇気が有り、匂口がふくよかで淡雪が積もるような冴えた刃紋を現し名刀の出来口を現しています。珍品中の珍品忠吉の刀をお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
備前国長船住横山上野大掾(祐定) 元禄七年八月日
江戸
中期
26.7 1 0.63 長さ8寸8分
横山上野大掾祐定は新刀祐定の代表刀工です。本薙刀は元禄七年(1694年)(322年前)作です。江戸期に短刀拵えを作る為、薙刀の中心を切り祐定銘が消えていますが、本刀は短刀拵えに入れた貴重な大変珍しいものです。上野大掾祐定は備前長船刀工の代表者本名横山平兵衛です。七兵衛祐定の子供です。本薙刀は、小振りの薙刀の姿をしており、地金は小板目肌良く詰まり、刃紋は匂い出来の直刃を明るくきりりと焼き上げ見事です。拵えは江戸期の銀揃い金具が素晴らしく、朱塗の短刀拵えが本薙刀直しの短刀に一層華を添えています。薙刀を短刀拵えにしたのは本刀が日本で唯一でしょう。新刀祐定中の第一人者の上野大掾祐定の珍品をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

建依別中嶋氏詮(うじのり) 元治元年甲子年八月日(勤皇の志士、清岡道之助の同志の勤皇刀工として有名)
江戸末期 79.2 1.3 0.84 長さ2尺6寸1分半
土佐の勤皇の志士清岡道之助は、坂本竜馬の師、武市瑞山(武市半平太)と交友を重ね武市瑞山の勤皇の獄が起こり武市以下幹部が投獄された時、清岡道之助は23名の同志を糾合し武市らの救済運動を行い大監察小笠原只八が藩兵800名を指揮し鎮圧、清岡道之助は囚われ31歳の若さで斬首されました。本刀が作られた元治元年(1864年)(152年前)は正しく清岡道之助が蜂起した時で、本刀は清岡道之助の為に作られた刀と思われます。氏詮(うじのり)は阿波海部氏次八代の孫と称し、土佐藩工です。本刀の姿は正しく勤皇刀で長寸で反りが無く豪壮な姿を現し、地金は板目肌に鍛え、刃紋は匂出来ののたれ乱れ刃に互のめを交え覇気有る刃を焼き上げています。清岡道之助の為に作られたであろう刀を大切にして下さい。
白鞘 売約御礼

武芸八幡住兼国作(無鑑査刀匠)(津田越前守助廣写)
現代 73 1.8 0.74 平成十四年十月吉日
長さ2尺4寸 重量鞘を払い1106gr
尾川兼国刀匠は本名尾川邦彦。大正14年生。大坂新刀の横綱。津田越前守助廣写の濤乱刃を現代に見事に再現させ、文化庁長官賞、日本美術刀剣保存会会長賞、薫山賞の数々の賞を総なめにした現代刀工の代表者です。本刀も津田越前守助廣を写した名刀です。姿は元身幅広く先身幅も広く豪壮な姿を現し、棒樋を掻き流し、地金は小板目肌良く詰み明るい地金を鍛え、刃紋は助廣写しの見事な波が浜に打ち寄せる濤乱刃を匂い深く焼き見事です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。有名な無鑑査刀匠兼国刀匠の名刀をお楽しみください。
拵え 売約御礼

清心子長寿 貞寿作之 昭和五十一年霜月日
現代 71.8 1.7 0.75 長さ2尺3寸7分 鞘を払い1113gr
貞寿は本名小島浩。徳島県小松島市住。昭和4年生まれ。父玄武斉長寿門。父長寿は戦争中陸軍の試し切りの大会で優勝し日本で一番良く斬れる刀を鍛錬する事で有名でした。本刀は父長寿、子貞寿合作の素晴らしく貴重な刀です、共に備前伝に優れた腕を見せ、昔貞寿の刀が無名にされて、特別貴重刀剣の審査で固山宗次になったことを知り、貞寿は宗次ごときの刀に見られるとは悔しい、との話が伝わっておるぐらい上手な刀を作っています。本刀は小板目肌素晴らしく良く鍛えられて、力強い地金を現し、刃紋は現代刀には見えない、匂の深い互の目丁子刃を見事に焼き上げています。徳島県の誇る今は見ることの無い長寿と清心子貞寿刀匠の貴重な合作刀をお楽しみ下さい。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼

兼常(関鍛冶総領事)
室町
末期
71.3 1.4 0.64 長さ2尺3寸5分
元亀二年七月(1571年)織田信長より鍛冶職安堵の朱印状を賜り、関鍛冶総領事と称し関鍛冶の頭領として、又関鍛冶の名工として余りにも有名です。本刀は戦国期の侍大将の為に誂えられた元々は2尺6寸5分も有る豪壮な刀です。現在は3寸程すりあげられ、中心先に貴重な兼常の銘が残っています。地金は板目肌に柾肌を交え映りも現れ、一部鍛えの荒い所も有りますがそれも時代の見所です。刀紋は沸の強いのたれた調の直刃を焼き素晴らしく良く出来ています。拵えも江戸期の拵えが、織田信長有縁の名工兼常作の本刀を一段と華やかに飾っています。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
近江守藤原継平(業物)
江戸
初期
51.4 1.4 0.82 長さ1尺6寸9分5厘
初代近江守継平は本名藤田与兵衛と言います。本国は越前(福井県)です。有名な越前松平家お抱え鍛冶越前三代康継の門人として修業して後に江戸に出ます。当時は江戸には虎鉄等名工が大活躍中の丁度その時、本脇差は延宝頃(1673年)(343年前)に作られた物で、元身幅先身幅広く重ね厚く豪壮な姿を現し、地金は素晴らしく良い地金を使い小板目に力強く鍛え見事です。刃紋は小沸の付いた直刃をむら無く明るく見事に焼き帽子は虎鉄の虎のあごの様な帽子を焼き江戸新刀きら星の如く名工の中で負けずに武家の注文で特別に作った初代近江守継平の最高傑作品です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

濃州大杉住石原金直作(陸軍将校用軍陣刀拵付)
現代 62.4 1.5 0.82 長さ2尺6分
石原金直刀匠も戦後復活しなかった為に、金直刀匠にとっても本刀は貴重な刀です。本刀は今次世界大戦の為に作られた武勲の軍刀です。昭和20年まで日本には誉れ高い武士が居たことの証です。軍人は武士の覚悟の証として刀を近代的に軍刀拵えにして戦地に出陣しました。このような歴史を持つのは日本だけで。鎌倉から続く武家の誇りの証です。日本軍が強かったのは武士の誇りを持っていたからなのです。本金直刀匠の刀姿は豪壮で、地金が良く詰み、刃紋は孫六兼元写しの三本杉の刃をきりりと焼き覇気有る刀を作っています。軍陣刀の拵えもほとんど出来たままの状態で保存状態良く美しい軍陣刀です。今回世の中に生で出たために、格安にて御提供いたします。日本の歴史を飾る軍陣刀を是非大切にして下さい。
拵え 売約御礼
脇差
兼久
室町
初期
51.2 1.3 0.57 長さ1尺6寸9分
応永美濃の兼久。太郎左衛門。南北朝時代の直江志津兼俊の子。直江から関に移住。本脇差は小板目肌が良く詰み、細かな地沸が付、綺麗な地肌です。刃紋は匂出来の直刃に小のたれほつれ心あり、二重刃があり帽子は小丸にはきかけでおり中心は桧垣鑢で、法名は得印と言って、得印派の祖です。本脇差の様に小脇差は応永の頃に差し添えとして大変重宝がられた品の良い脇差です。 歴史を感じる名脇差をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼
脇差
於下□□義弘 □□□年初夏吉祥日(中山一貫斉義弘)
江戸
末期
36.2 0.6 0.7 長さ1尺1寸9分
中山一貫斉義弘、寛政九年(1797年)駿河小夜の中山に生れる。中山蔵人と称し、伊豆韮山代官江川太郎左衛門英竜に仕えました。後に水戸に出て肌物鍛を案出し、藤枝英義、円竜子国秀、宮口繁寿等に、所謂まぜ鉄の肌物鍛えを教え、後に前橋藩工となります。本脇差は鵜の首造の姿を現し、腰樋を入れ豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、地には乱れ映りを見事に現し趣ある地金を鍛え、刃紋は直刃を見事に焼きいれています。本脇差は作った地と作った年が朽ちこんで判りませんが、義弘研究には大変貴重なヒントが詰まった貴重な脇差となっています。今回刀匠の中山義弘家代々より受け継がれ世の中に初めて生で出たために多少の引け傷も見られますがそれも御愛嬌です。格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼
脇差
伝九州肥後同田貫(刀剣乱舞で有名)
江戸
初期
44.4 1 0.7 長さ1尺4寸6分
すり上げて無銘になっていますが江戸時代慶長頃(1596年)(420年前)本脇差は世にあまりにも有名な九州肥後同田貫派の脇差と思われます。子ずれ狼で肥後同田貫は全国的にあまりにも有名です。同田貫一派は戦国時代に一門が栄え文禄の役には加藤清正に従って渡海朝鮮で鍛刀したとも伝えられています。本脇差は鵜の首造の姿で身幅がたっぷりと有り、地金は小板目肌良く詰み柾目肌を現し、地には地沸が映りの様に現れ、刃紋は沸出来の互の目みだれ刃を焼き良く出来ています。この度世の中に初めて生で出たために、刃には極小さな刃こぼれも一か所有りますので、特別に格安にご提供いたします。江戸期の拵えも一層本脇差に華を添えています。刀剣乱舞で現在人気第一の肥後同田貫派と思える脇差をお楽しみください。
拵え 売約御礼

伝大和守安定(刀剣乱舞で有名)
江戸
初期
71 1.4 0.64 長さ2尺3寸4分
本名飛田宗兵衛、今までは本国越前となっていましたが紀州安廣との合作が見つかったために本国紀州、安廣の子と判明、江戸に出て神田白銀町に住みました。承応二年(1653年)(363年前)からの作品が有ります。安定の作刀は切れ味が優れていることで知られており、幕末頃に素晴らしく人気が集中しました。虎鉄より先輩で虎鉄と近しい刀工としても有名です。本刀は姿は反りの浅い寛文新刀姿で、地金は小板目肌良く詰み明るい地金を鍛え地沸が付き、刃紋はのたれ乱れ刃に互の目を交え、沸匂深く覇気有る見事な刃を焼き上げています。刀剣乱舞の主人公として人気絶頂の名刀です。但し無銘の為に大和守安定であればいいな位に思ってください。今回世の中に初めて生で出たために薄錆も有りますがそれも御愛嬌です。格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝和泉守兼定(会津十一代)(希望)
江戸
末期
44.6 0.6 0.66 (刀剣乱舞で有名)(新撰組副長土方歳三の佩刀として有名)
長さ1尺4寸7分
本脇差は無銘の為にあくまでも会津和泉守兼定であったらいいなとの事です。本名古川清左衛門。天保八年(1837年)会津若松に生まれます。16歳にして会津藩藩工となりました。十一代兼定は会津兼定系最後の名工です。現在土方歳三の愛刀としてあまりにも有名です、また刀剣乱舞での本脇差の人気は最高潮です。本脇差は美濃伝の尖り互の目刃がある中心がまだ錆がつか無いので美濃伝新々の代表者で、あくまでも会津十一代和泉守兼定だったらいいな位に思ってください。超特価でご提供いたします。幕末乱世に特に有名になった十一代会津兼定をお楽しみください。
白鞘 売約御礼
太刀
古波平(銘不明)(金象嵌銘 あさかすみ)
鎌倉
中期
71.3 2.6 0.67 (紀州徳川家家老三浦長門守16,300石家伝来)
長さ2尺3寸5分半
古波平は平安時代から鎌倉中期までを言います。本太刀は鎌倉時代の建長頃(1249年)(767年前)の古波平の素晴らしい太刀です。姿は中間反り深く鎬が高く堂々とした太刀姿が良く、地金は板目に柾が交じり良くつんで細かな地沸がつき古風な乱れ映りが美しく、刃紋は直刃で小沸が付き匂いが深く匂い口が冴えます。本太刀は残念ながら銘が朽ちて良く判りません、本太刀は紀州徳川家家老三浦長門守16,300石家伝来で昔は美しい太刀拵えが本太刀に付いていました、残念ながら現在は別々になっています。古い金象嵌銘あさかすみも本太刀に一段と華を添えています。古波平の名刀は古来重要文化財や重要美術品に指定されている名品が多くしかしながら現存作品が素晴らしく少ない。古波平鎌倉時代をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼

鈴木加賀守貞則 元禄八年八月日(井上真改門)
江戸
中期
69.7 1.2 0.62 (業物)
長さ2尺3寸
生国肥後菊池。井上真改門になり後内藤家に抱えられて奥州磐城に移住。本刀姿良く大坂新刀の華やかな刀姿を現し、地鉄は小板目肌が良く詰み細かな地沸が付き大坂地鉄を如何無く発揮し、刃紋は当時大坂の地で大変人気があった師匠井上真改のライバルである津田越前守助廣ばりの沸匂深い、涛乱刃を明るく上手に焼いています。本刀は元禄八年(1695年)(321年前)鈴木貞則の師井上真改を似せた楷書で銘を切っています。井上真改の代作の為か、鈴木加賀守貞則の作品非常に少なく、大変貴重な名刀です。どうぞお楽しみ下さいませ。
※特別保存刀剣合格済みです。鑑定書は届き次第掲載いたします。
白鞘 売約御礼

和泉守藤原国貞
江戸
初期
63.7 1.4 0.67 長さ2尺1寸強
新刀の祖京堀川国廣の弟子で、後大坂の地に同僚河内守国助と出、大坂新刀の基を作り上げた和泉守藤原国貞は大坂新刀の祖として、子の井上真改の父として余りにも有名な刀工です。刀剣界に入ったならば一生に一度は本和泉守国貞を持つのが憧れの名刀です。本刀は抜き打ちに適した短い寸法の武士の特別注文の刀です。大変洗練された姿を現し。地金は小板目肌良く詰み大坂地金を見事に鍛え上げ、刃紋は沸出来ののたれ乱れ刃に掟の互の目丁子刃を交え素晴らしく明るい刃を焼き良く出来ています。大坂新刀の代表的名刀を是非お楽しみくださいませ。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。

白鞘

売約御礼

兼元 片手続胴落 載手中川(左平太)(金象嵌銘)
室町
末期
63.6 1.4 0.63 (昭和34年貴重刀剣)
長さ2尺9分
孫六兼元は戦国時代から大業物として良く斬れるとして余りにも有名です。名物波泳ぎ兼元は斬られた相手が向こう岸に着くまで切られた事が判らなかったほど切味が素晴らしかったとして名づけられた名刀です。孫六兼元は末関鍛冶を代表する名工です。本刀は室町時代元亀頃(1570年)(446年前)の元は2尺5寸以上あった豪刀で身幅が広く反りの少ない刃肉を落とした利刀造の姿を現し、地金は小板目に柾が交じり、刃紋は孫六兼元考案の匂い出来で沸の付いた覇気有る三本杉を見事に焼いています。帽子は乱れ込んで上手に焼き上げています。本刀には試し切りで有名な中川左平太の試銘が入り本刀に一段と切味の凄さを示しています。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供です。素晴らしい孫六兼元金象嵌銘の刀をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼

雲州住貞永作之 平成二十六年二二月日(島根県重要無形文化財)
現代 72.6 1.8 0.49 重量鞘を払い800gr。備前長船長光写の名刀です。 拵え 売約御礼

肥後国八代住赤松太郎兼裕作 写清麿 丙申年初春
現代 74.6 1.9 0.79 以自家製鉄鍛之
長さ2尺4寸6分2厘
現代刀匠で余りにも有名な熊本県八代住赤松太郎兼裕刀匠の見事な幕末の天才刀匠 源清麿写しの素晴らしい豪快な名刀です。刀の姿は身幅広く大切っ先で豪壮な姿を現し、素晴らしく堂々として源清麿独特の姿を見事に現しています。刃紋は源清麿の互の目乱れ刃素晴らしく勢い強く焼かれ、地金は板目肌が素晴らしく良く鍛えられ、強靭この上もなく清麿が目指した強靭さと切れ味を今に再現した名作です。本刀を製作するには通常の刀の倍以上の材料と力量が要る素晴らしく見事な源清麿写しの名刀を是非お楽しみください。
白鞘 売約御礼

備前国住長船祐定作 天正四年八月日
室町
末期
70.9 2.3 0.7 長さ2尺3寸4分
天正四年1576年(440年前)の作、前年5月には 武田勝頼と織田信長、徳川家康の連合軍による長篠の合戦が行われた年です。天下は大きく織田信長によって統一に向かって大きく動きだした時に作られた 祐定の名刀です。本刀姿は腰反りで元に踏ん張りが有り、地金は板目肌素晴らしく良く詰み、元から乱れ映りを現した見事な地金を鍛え、刃紋は表の刃は元から先まで丁子乱れ刃と複式互の目丁子と言われる典型的な刃を焼き、裏は直刃調に焼き出し複式丁子刃を焼き働きがあり見事です。拵えは江戸期の半太刀金具の拵えが見事で、御所車と下がり藤の家紋が高級武士の差料であった事を示しています。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

武士道肥後国八代住赤松太郎兼光作 丙申年初春
現代 74.8 1.7 0.7 長さ2尺4寸7分 重量鞘を払い1032gr
互の目丁子刃素晴らしく良く出来ています。
拵え 売約御礼
脇差
豊後州高田庄住藤原時行 □元年十月日(号 十一字銘時行 昭和名物帳所載)
南北
47.3 1.2 0.51 長さ1尺5寸6分 昭和50年8月4日登載
古高田時行は古高田友行の子で南北朝期応安頃(1368年)(648年前)豊後高田の代表刀工です。丁度金閣寺を建立した足利三代将軍義満の時代です。本脇差は姿は菖蒲造の姿を現し、地金は杢目肌に鍛え表裏素剣の彫を彫り、地には元から棒映りを見事に現し、刃紋は沸の付いた互の目乱れ刃を上手に焼き上げて刃中良く働いています経年変化でやや弱い刃も交じっていますが時代の経過でそれも御愛嬌です。拵えも芸州浅野家伝来と伝える鍔、小柄、目貫に浅野家の丸に違い鷹の羽の家紋が付いた豪華な拵えが本脇差に一層華を添えています。本脇差は昭和50年8月4日昭和名物帳に号十一字銘時行として登載されています。当時の登載料は1口10万円と大変高価な金額でした。古高田の貴重な脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
村正(妖刀村正)
  44.8 1.4 0.61 長さ1尺4寸7分8厘
妖刀の名で世界的に有名な村正の脇差です。本脇差は姿は踏ん張りの有る脇差姿で、中心の形は村正のタナゴ腹をしており、地金すこぶる小板目肌が良くつみ、刃紋は表裏揃った互の目刃を焼き刃先は先につけぬけるような村正独特の刃を焼き大変覇気があります。村正は伊勢の刀工、徳川家にあだをなす刀ということで、江戸期は徳川家に遠慮して無銘になったもの多く、本村正の脇差も本来無銘にされて、後に村正の銘が入れられたのかもしれません。あくまでも現状は希望銘としておいて下さい。徳川幕府では特に忌み嫌った刀ですが有栖川親王が戊辰戦争の時に東征軍総大将になり、徳川幕府を打ち倒すとの意味を持ち、その時の佩刀が村正の刀で有ったことは、大変有名なお話です。江戸期の拵えが本脇差に一層華を添えています。 あくまでも希望銘ですが良く出来た村正の在銘の脇差をお楽しみください。
拵え 売約御礼
脇差
上野守兼定(業物)
江戸
初期
53.6 2 0.65 刀剣乱舞で有名(和泉守兼定(之定)の後)
長さ1尺7寸7分
有名な和泉守兼定の子孫が、本国美濃から越前に移住した慶長の和泉守兼定の末、延宝頃(1673年)(343年前)の兼定です。本刀は古来業物として非常に有名な脇差で、地金は小板目肌良く詰み美しい地金を鍛え所々に荒い肌も有りますがそれも鍛えた証拠の御愛嬌です。刃紋は孫六兼元を写した三本杉の刃紋を見事に焼き上げ素晴らしく上手です、和泉守兼定(之定)が孫六兼元の刃を焼くのは双方とても近しい関係にあったためです。和泉守兼定の子孫はもう一方は会津に移住して会津兼定として新々刀期まで活躍しています。もう一方は本刀のように越前に移住し大活躍しました。拵えも江戸期の拵えが本業物兼定の脇差に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さい。
拵え
売約御礼

関住高崎金繁作(太刀拵付)
現代 68.2 1.3 0.67 長さ2尺2寸5分
本太刀は昭和の時代に戦艦に搭載された太刀です。外洋訓練で遠洋航海での寄港地で各国の首脳に表敬訪問をする時に、記念品として贈呈されたものです。本太刀も記念品として作られた数の少ない遺作の一本です。戦艦に搭載された太刀はほとんど戦艦と共に沈んだために貴重です。本太刀も高崎金繁刀匠が地金は無地風に鍛え、刃紋は直刃に焼き上げています。今回世の中に初めて生で出たために当時のままだった為に薄錆も有りますがそれも誠に御愛嬌です。その分特別に格安にて御提供いたします。是非お楽しみください。
拵え 売約御礼

濃州関住兼門作之
現代 65.7 2 0.76 長2尺1寸7分
兼門刀匠は吉田兼門、渡辺兼永門の栗山兼明刀匠の弟子です。兼門刀匠戦後復活しなかった刀匠の為に本刀は兼門刀匠にとっても大変大切な刀となっています。本刀は腰反り高く刀姿良く堂々とした刀です。地金はあくまでも詰んだ地金を作り、刃紋は兼門刀匠の得意中の得意の互の目刃を見事に焼き上げています。拵えも曙塗り鞘の付いた時代拵が付、本刀を一層華やかに飾っています。そして本日まで大切にされてきました。今回世の中に初めて生で出たために多少の薄錆びも有りますがそれも御愛嬌です。特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼

関刻印入り(現在では貴重です)
現代 67.2 1.6 0.76 長さ2尺2寸1分7厘
本刀は関の刻印が打たれ、作者名が有ったのを作者銘は鑢で削り取られています。本来は関の刻印があれば登録証が取れない為に、本来は関の刻印を削らなければならないのに関が残り現在としては大変な珍品です。本刀は正しく太平洋戦争の開戦がなされた時に関で作られた軍刀です。姿は大変優美な刀姿で、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は関の孫六兼元写しの三本杉を元から先まで見事に焼き上げています。最近研ぎ上げた為に刀身非常に綺麗で誰からも好まれます。日本の為に命を掛けてお国を護った陸軍将校の為に作られた軍人の差料の軍刀に敬意を持って後世まで大切にいたしましょう。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

濃州関住波部正廣作
現代 63 1.6 0.84 長さ2尺8分
濃州関で製作していた波部正廣刀匠も昭和時代の刀工で、戦後は日本刀鍛錬に関わらなかった刀匠でしょう。戦後の作品が残っておりませんが、本刀は小板目肌良く詰み、刃紋は孫六兼元の三本杉を上手に焼き、孫六兼元写の刀を見事に鍛え上げています。波部正廣刀匠の詳しい来歴が判りませんが、今後研究をされて必ず見直される刀工でしょう、今回研ぎ白鞘を新しくして美しくなりました。そして世の中に初めて出たために加工賃のみの格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
兼忠
室町
中期
27.4 0.3 0.46 長さ9寸
兼忠は美濃関鍛冶で室町時代明応頃(1492年)(524年前)関の孫六兼元と同時に活躍した刀工です。足利十代将軍義稙が越中に出奔すると言う事件が起きた頃です。本短刀は平造でやや反りが有り、地金は板目肌に柾目肌を現し地には鍛えた証拠の大肌も有りますがそれも御愛嬌です、棒樋を彫り、刃紋は頭の丸い互の目乱れ刃を明るく焼いて覇気が有ります。拵えも江戸期の青貝散し変り塗鞘に鯉口より刻みを入れ、鍔は真鍮地蛍と三日月、陰彫で兎を二匹見事に彫り上げて上手です。縁頭は真鍮地花の図が上品で出来が美しいです、目貫は鳥を上手に彫り上げ本兼忠の短刀に一層華を添えています。兼忠の作刀剣界でも珍品の部類に入る位数少ない短刀で関鍛冶の研究には本短刀は欠かせない位貴重です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼

軍刀(耐錆性刀身)
現代 64.4 1.2 0.83 長さ2尺1寸2分
刀の大敵は錆びることですが、戦地に出ると錆を防ぐことは大変な事でした。日本軍は、陸軍、海軍、合同で、耐錆性に優れた刀の製作の研究に没頭しておりました。その結果本刀の様な錆びない金属の開発に成功して、錆の少ない刀の製作に成功しましたが、現在残っているものはほとんどなく、本刀は奇跡的に残った貴重な刀です。現在耐錆性の刀が色々な研究の為に人気急増中です。日本を命懸けで守った軍人将校の誇りとした耐錆性の軍陣刀を後世に大切に残してください。
白鞘 売約御礼
脇差
兼定(刀剣乱舞で有名)(希望銘)
室町
末期
38.5 0.8 0.64 長さ1尺2寸7分
本脇差は古来有名な兼定二代目の和泉守兼定(之定)の養子で、三代目世に言うところの有名な兼定の定の字のウ冠の下を疋と銘を切るので(ひき定)の銘を切っていますがあくまでも希望銘です。江戸期には武士が腰のものとして大層自慢に持っていた脇差でしょう。本脇差は姿良く、地金は板目に柾肌が流れ、白け映りが淡く立ち、表に普賢菩薩を彫り刃紋はのたれ乱れ刃に互の目や足や葉が入り如何にも物切れする脇差です。今を時めく希望銘でも兼定の脇差を是非持ちたいと言う方に格安にてご提供です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

末備前(焼身)
室町
末期
71 1.4 0.68 (刀身が江戸時代に焼けています)
長さ2尺3寸4分
本刀は腰反りの有る姿をしており、元から反っているところを見ますと平安、鎌倉時代の時代の古い刀かもしれませんが、しかしながら地金は板目肌に柾目肌を現し、刃紋は研ぎで刃が直刃調に見えますが、研ぎでそう見えるだけで、光に透かして見ますと刃が判りません。江戸時代の火事で焼けしまったものと思えます。それを今回研ぎを新たにされて世の中に初めてお目見えです。寸法が長いので居合等使う事が出来れば好都合です。古い刀ですがあくまでも焼け身という事を承知でお楽しみ下さいませ。特別に格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼
短刀
守次(焼け身)
室町
末期
42.3 1.1 0.55 長さ1尺
本短刀は筑前福岡の石堂守昌の次男権兵衛守次、明和頃(1770年)(246年前)の冠お落し造の寸延び短刀ですが、戊辰戦争の時に戦火の為に火に焼かれたという事で、御持ち主様のご依頼で今回銀ハバキ、白鞘、研ぎをしましたが、火に有った為に地刃が不明です。18万円位の加工料が掛かりましたが、後世大切にして戴ける方にお持ち戴きたいとの事で、格安にて特別にご提供いたします。戊辰戦争の戦火をくぐり抜けた守次の冠落し造の寸延び短刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
伝菊一文字作
現代 24.4 0.3 0.42 長さ8寸
本短刀は鎌倉時代有名な後鳥羽上皇がお手自ら刀を作ったと言われる刀を古来菊一文字と呼びます。後鳥羽上皇は大変刀に造詣が深く、全国より番鍛冶の制度を作り名工を京に呼び寄せ刀を作らせていました。その為に刀剣の世界は空前の活況を帯び全国に名工が排出した為、後鳥羽上皇は刀剣界にとっては大恩人です。本短刀は明治の菊一文字作と思われる短刀で、奈良のお寺に参詣のお土産として提供されていたものと思われます。古研ぎのままの為に現在は地刃共に御覧のように不明です。今回世の中に初めて生で出たために、今は大変少なくなった貴重な愛好家が大変多い現代の有名な菊一文字であろう短刀をお楽しみ下さいませ。特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼
脇差
和泉守兼定(焼け身)
江戸
末期
44.8 1.4 0.55 (和泉守兼定11代)(刀剣乱舞で有名)
(新撰組副長土方歳三の佩刀として有名)
長さ1尺4寸7分
本名古川清左衛門。天保八年(1837年)会津若松に生まれます。16歳にして会津藩藩工となりました。本刀は京に上り和泉守を受領して兼定に改めた後の作です。十一代兼定は会津兼定系最後の名工です。現在土方歳三の愛刀としてあまりにも有名です、また刀剣乱舞での本刀の人気は最高潮です。本脇差は戊辰戦争の時に焼けたのか地刃は一切不明です。銘も後世加筆されているかもしれません。あくまでも会津十一代和泉守兼定だったらいいな位に思ってください。焼けてもいますので何かの役に立てればお買い上げください、超特価でご提供いたします。幕末乱世に特に有名になった十一代会津兼定をお楽しみください。
× 白鞘 売約御礼
短刀
伝大和尻懸
室町
末期
26.4 0 0.58 長さ8寸7分
大和五派、千手院、当麻、尻懸、手掻、保昌、内の尻懸則長を祖とする、尻懸派とみられる室町時代文明頃(1469年)(546年前)の生無銘の名短刀です。姿は平造でほとんど反りが無く、中心にやや反りがあるところから姿だけでは鎌倉期の上品な短刀姿を現し、地金は小板目目肌に柾目肌が交じり尻懸肌を現わし、刃紋は中直刃ほつれ刃中互の目や丁子の刃が焼かれ帽子は火焔の如く働き、金筋や二重刃をいたるところに交え、素晴らしく良く働いた刃を焼いています。拵えも江戸期の鉄金具一作合口短刀拵えが上品で大変貴重です。今回世に初めて生で出たために特別に格安にてご提供です。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

兼宗(孫六兼元写)
現代 68.7 1.7 0.75 長さ2尺2寸6分
本名福本兼宗、関住九代兼定の門。本刀は陸軍軍刀として造られたものです。家伝の関の孫六兼元を写したものです。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は、関孫六の三本杉の刃を沸出来の刃で覇気有る力で焼き上げています。掻き流しの樋を入れ大変古調に見える刀です。孫六兼元の三本杉の刃紋は勇壮で力強いために、誰からにも好まれた為に、関鍛冶は競って後世に残す為に焼いています。関以外の他の刀工が三本杉の焼き入れするのは大変難しく貴重です。福本兼宗の刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
播磨守藤原忠国(刃切れ)
江戸
初期
51.2 1.6 0.71 長さ1尺6寸9分
忠国は初代忠吉と同族で忠吉と同じ橋本姓を名乗っています。二代近江大掾忠廣の先輩格に当たる名工です。佐賀鍋島家の三支藩の一つである小城藩に抱えられ、小城藩工として活躍しました。本脇差は姿良く、地は小板目肌に僅かに流れ心の肌を交え、地沸が微塵に厚くついた鍛えに、表の彫は素剣に草の龍、裏は素剣に旗を上手に彫っています。刃紋は互の目乱れ刃を焼き。小足入り、匂いが深く、小にえが良く付いています、残念ながらはばき元9儖未僚蠅某論擇譴あります。何かにお使いようが有りますれば格安の価格で御提供いたします。
× 白鞘 売約御礼
脇差
備州長船住横山祐包 慶應□□友成五十八代孫
江戸
末期
51.9 1.4 0.59 長さ1尺7寸1分
祐包は備前国長船与三左衛門尉祐定より数えて十三代目祐定で友成五十八代の孫と称し祐包と名乗りました。本脇差は姿は腰反りで優美な脇差姿を現し、地金は小板目肌良く詰んで地景を現し冴えた地金を鍛え。刃紋は匂い出来の直刃を明るく見事に焼き上げています。刀剣大国備前国長船の新々刀の卓尾を飾る横山祐包の刀をおたのしみくださいませ。今回世の中に初めて生で出たために薄錆が有りますがそれも御愛嬌です。有名な備前長船祐包の名脇差を是非欲しい方に特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼


丹波守吉道(京二代)

江戸
初期
73.8 1.5 0.61 長さ2尺4寸4分
京二代丹波守吉道は大変少なく貴重な刀です。初代丹波守吉道の子で本名三品籐七郎言いました。時は三代将軍徳川家光の時代で、島原の乱が終結した丁度2年後の寛永十六年(1639年)(377年前)丹波守を受領。本刀は姿は反りが浅い新刀の姿を現し、地金は板目肌良く詰み明るく力強い地金を鍛え、刃紋は元を京焼き出しと言われる直刃を焼き急に高く互の目刃に丹波守吉道が作り出した家伝の簾刃を見事に焼き上げ素晴らしく豪快です。簾刃は初代丹波守吉道が考え本刀の二代丹波守吉道が完成させたものです。佐藤寒山先生の鞘書きによりますと、京二代丹波守吉道の初期銘と言い出来が見事です、初代丹波守吉道に見える位出来が素晴らしい、是非秘蔵するべきものです。と大絶賛されています。二代丹波守吉道の作誠に少なく貴重です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

平安城藤原国次
江戸
初期
72.4 1.8 0.67 長さ2尺3寸9分
国次は江戸時代初期寛永頃(1624年)(392年前)生国越前松岡、越前康継と同じ下坂派の刀工です。京山城に移り出羽大掾国路に師事しました。本刀は元は2尺5寸以上あった刀をすりあげた刀ですが姿は堂々とした姿を現し、地金は力強く板目肌に鍛え、地には地沸がつき、刃紋は沸出来の大互の目乱れで金筋や砂流しを交え、地刃に素晴らしく堀川国廣風が強く現れています。拵えも江戸期の今は出来ない松葉をあしらった変り塗鞘で、柄の鮫には金泥を塗り出来た時は大変豪華な拵えでした。本刀は現在は無冠なれど将来は出世間違いなしの名刀です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

雲州住貞法作之 平成四年十一月日(島根県重要無形文化財)
現代 68.2 1.6 0.75 長さ2尺2寸5分
雲州住貞法刀匠は島根県重要無形文化財に指定されている名刀工です。新作名刀展で特賞受賞等毎年受賞する名工です。本刀は鎌倉中期太刀を写し、切っ先は猪首切っ先を現し、刃肉を蛤の様にたっぷりとつけた蛤刃を現し、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は沸匂深い互の目丁子刃を変化を付けて現し、備前鎌倉時代福岡一文字を忠実に素晴らしく良く写しております。貞法刀匠は大阪月山刀匠の貞勝刀匠と貞法の父貞善刀匠が兄弟弟子の為に、兄弟全て月山一門に付く貞の字が付けられています。本刀は極上の研ぎをしており、愛好家垂涎の的です。お楽しみくださいませ。
拵え 売約御礼

備中国水田住国重(水田大月与五郎国重)(青江写)
江戸
初期
64 2.8 0.76 長さ2尺1寸2分
備中水田住国重は室町末期大永頃に備中荏原に起こり新刀期まで繁栄して全国に水田国重鍛冶は繁栄しました。本刀は銘ぶりから寛永頃(1630年)(386年前)の所謂大月与五郎国重です、水田国重の中でも一番上手いといわれる名工です。本刀も反りが深く姿が上品で、地金は小板目肌素晴らしく良く詰み明るい地金を鍛え備中青江を写した名刀です。刃紋は直調のたれ刃を元を古調に焼き落し逆足も入れ見事に焼き上げています。拵えも江戸期の金具を見事に使い大変お金をかけて作っています。水田大月与五郎国重は新刀相州伝として大変人気の有る名工ですが本刀の青江写しもまた上手です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
短刀
三河守大道陳直(のりなお)
江戸
初期
25.9 0 0.62 長さ8寸5分半
初代三河守大道の子、室屋関系統、天正頃(1573年)(443年前)から続く陸奥守大道と親戚関係にある刀工です。陸奥守大道は元の名は兼道、後に大道と改名しているので三品の祖兼道と同人説もあります。本短刀は元和頃(1615年)(401年前)の作品です。姿は反りの無い来国俊の様な優雅な姿をした短刀で、地金は小板目肌良く詰み柾肌が現れ、刃紋は細直刃調ののたれ乱れ刃が上品に焼かれて技量の高さを現しています。短刀拵えも江戸期の粟穂の四分一一作金具の付いた拵が一層本短刀に華を添えています。大道の短刀は人気の短刀ですが在銘作少なく大変貴重です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
太刀
肥前国保則 昭和五十一年三月(陸奥守忠吉写)
現代 70.8 1.8 0.66 長さ2尺3寸3分6厘
本名元村保廣、佐賀県住。昭和24年生まれ。新作名刀展入選多数。本刀は姿豪壮で反りやや深く重厚な姿を素晴らしく良く現わし肥前刀の美しい太刀姿を再現しています。地金は小板目肌良く詰み地金に光沢が有り肥前刀の美しい地金の良さを現しています。刃紋はお国の代表刀工の名工三代肥前国陸奥守忠吉を写し豪快な沸匂い深い互の目刃に、匂足を見事に入れて明るく良く出来ています。焼き刃に肥前刀の特徴の虻の目見えるところも現し、肥前刀復興に燃える若き保則刀匠の面目躍如となった名作をお楽しみください。
拵え 売約御礼

濃州住金高
室町
末期
71.4 1 0.65 長さ2尺3寸5分6厘
室町時代文禄頃(1592年)(423年前)美濃現在の岐阜に金高と名乗る名工がおり、豊後守藤原金高作と銘を切っていました。本刀は姿は反りが浅い刀姿で、地金は板目肌に杢目が交じり地沸が付白気映りが現れ、刃紋は沸が絡んだ変化ある互の目丁子刃足や葉を現し、覇気有る刃を焼いて見事です。戦塵納まらぬ戦国時代大いに気をはき名刀を作っておりました。素晴らしく良く切れるのが美濃刀工の最大特徴となっております。金高の名も金の高が上がると言うので出世をするとの事で、後世まで武士に大変縁起が良いと好まれたものです。幕末の鉄一作金具の付いた半太刀拵えも貴重です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。数少ない貴重な金高の刀を是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

肥後住源盛光 己未年五月日
現代 71.6 1.7 0.77 (昭和54年)
長さ2尺3寸6分 重量鞘を払い1124gr
盛光刀匠は本名寺山義光。明治43年生まれ、昭和19年金剛兵衛盛高靖博刀匠の門に入りました全日本刀匠会会員で多数の賞を受賞した名工です。本刀は刀姿が豪壮で棒樋を彫り、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂いに沸の付いた互の目乱れ刃に足を入れて見事に焼き上げ、盛光刀匠の腕の良さを現しています。拵えは江戸期の大変貴重な鉄地肥後金具一作揃い半太刀金具で拵を作っており、見事な拵えが盛光刀匠の刀に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。江戸期の鉄地一作揃い肥後半太刀金具が付いた拵えが大変貴重です。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
月山(平造脇差)
室町
末期
40.1 0.7 0.64 長さ1尺3寸2分
日本刀の草早期から始まる刀の1本として奥州月山は余りにも有名です。本脇差は永正頃(1500年頃)(516年前)出羽(山形県)の月山を中心として月山鍛冶が隆盛の極みを謳歌していた時の貴重な脇差です。時代がかわり、時代とともに、本州の刀に押され消耗も加わり極めて少なくなってしまいました。本脇差は応永備前の様な上品な平造の脇差姿で、地金は典型的な月山独特の綾杉肌を現し、地には淡く乱れ映りを現しています。刃紋は元を古調に焼き落し、匂い出来の直刃をきりりと焼き刃縁が綾杉肌と共に映りを強調するような働きを現し見事です。すこぶる優品で貴重な脇差です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。幕末奥州月山の末裔が水心子正秀の弟子となり大阪月山の元を作った月山貞吉、月山貞一、月山貞勝、月山貞一、月山貞利、月山貞伸六代の基となる貴重な脇差を是非お楽しみください。
白鞘 売約御礼
短刀
兼定
室町
末期
26.6 0.2 0.52 (刀剣乱舞で有名)
長さ8寸5分
本短刀は古来有名な兼定二代目の和泉守兼定(之定)の養子で、三代目世に言うところの有名な兼定の定の字のウ冠の下を疋と銘を切るので(ひき定)として有名です。永正18年(1521年頃)(493年前)の作です。江戸期には武士が腰のものとして大層自慢に持っていた短刀でしょう。本短刀姿良く、地金は板目に柾肌が流れ、白け映りが淡く立ち、刃紋は直刃に互の目が交じり如何にも物切れする風合いが感じられます。500年もたった短刀の為、刃に弱い所も有りますがそれも御愛嬌です。現代作短刀拵も本兼定に一層華を添えています。今回初めて世に出ましたので、兼定の短刀を是非持ちたいと言う方に格安にてご提供です。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
伝直江志津
南北
49.1 1.7 0.66 長さ1尺6寸2分
本刀は正宗十哲の一人志津三郎兼氏の弟子と言われている直江志津一派として伝わった脇差です。南北朝の康暦頃(1379年)(637年前)の作です。本脇差は鎬造反りが深くつき、板目肌に鍛え、二筋樋を見事に彫り、刃紋は互の目乱れに角互の目が交じり刃中金筋や砂流しが現れて素晴らしく良く働いています。帽子は乱れ込んで金筋を現し、火焔帽子となり見事です。確かに南北朝に見える伝直江志津として伝わってきた脇差を、是非お楽しみ下さいませ。今回生で出たために格安でご提供です。将来の出世が大変楽しみです。是非お楽しみ下さいませ。
白鞘
売約御礼
脇差
東多門兵衛正成 ケサヲチ(金象嵌銘)
江戸
初期
46.7 0.9 0.56 長さ1尺5寸4分
正成は寛永頃(1624年)(392年前)備前国岡山に住んだ有名刀工ですが、現存作甚だ少なく本脇差は誠に珍品で刀剣愛好家の垂涎の的です。本脇差は頃合いの良い反りの良い姿をしており、地金は板目肌良く詰み、刃紋は福岡一文字写しの匂い出来の互の目乱れ刃に高低の変化が有り、玉も焼き一文字を写して見事な刃を焼き上げています、試銘の金象嵌銘のケサヲチに見られるように、袈裟切りにして一刀のもとに切り落としたとの素晴らしい切味を誇っています。昭和38年の貴重刀剣の証書も古く今では貴重な証書です。今回世の中に初めて生で出たために、手入れをして格安にて御提供いたします。珍品中の珍品東多門兵衛正成の脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

兼延 昭和十八年(岐阜県重要無形文化財)
現代 68.6 1.5 0.74 (岐阜県重要無形文化財 昭和48年11月認定)
(昭和46年熱田神宮に康継写しの梅竹彫の脇差を奉納する)(刀身彫の名人)
長さ2尺2寸6分5厘 重量鞘を払い915gr
本名丹羽修司明治36年生まれ 本刀は素晴らしく良い刀姿で、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の古調な互の目乱れで丁子刃を交え非常に覇気の有る刃を焼いています。現在重要無形文化財に指定されるのは大変難しく、その上は国の重要無形文化財は人間国宝です。現在も県の重要無形文化財に指定されている刀工は全国に15名ほどしかありません。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
拵え
売約御礼

直江志津藤原兼久後代正明作 昭和丙辰八月吉日
現代 74.5 1.8 0.68 長さ2尺4寸6分 重量鞘を払い1030gr
互の目乱れ刃素晴らしく良く出来ています。
拵え
売約御礼

備州住祐定作
室町
末期
60.3 1.2 0.75 長さ1尺9寸9分
本刀は永禄頃、約453年前織田信長が京に入った時分に作られた、名工備州住祐定の刀です。本刀は寸の短い抜き打ちに適した刀として作られています。姿は身幅頃合いで重ねやや厚く、中切っ先で浅い腰反りにやや先反りの付いた姿に、地金素晴らしく板目肌良く詰み、刃紋は変化の有る互の目丁子刃を焼き非常に覇気の有る焼きを入れています。この様な祐定の刀は大変良く斬れた刀で古来有名でした。本刀は土佐山内家伝来と伝えられ、登録証も大名登録と言われる昭和26年登録で高知県578番と伝来が明らかに示されています。拵えも豪華な当時は金よりも高いと言われた青貝微塵塗り鞘に、縁頭は鉄地に蝸牛を施し鍔は鉄地に北斗七星を透かした粋な拵えが本刀を一層華やかに飾っています。備州住祐定作の名刀をお楽しみ下さい。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
江州彦根住山本右京太夫仲春
江戸
初期
60.1 2.3 0.64 長さ1尺9寸8分5厘
本刀は平造の特殊な姿を現した物で、特別注文品の刀です。但し名鑑には作者山本右京太夫仲春の名が有りません。所謂名鑑漏れの刀と言われる珍品です。時代は江戸期の新刀で、地金は板目肌に柾目肌が現れ、刃紋は沸出来の互の目乱れ刃に刃中素晴らしく良く働き覇気有る刃を焼き良く出来ています。右京太夫の官職は従五位の上から従四位の下とされ上位の位の為に彦根藩士でも山本姓の家老職位の高禄の武士の作った刀と思われますが、あくまでも想像の外有りません。刀は掟通り作られていますので今後の研究に解明を待ちたいと思います。この度世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。珍品中の珍品の名刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

兼則(槍拵付)
江戸
中期
13.3 0 0.84 長さ4寸3分8厘
室町時代天文(1532年)頃関より越後に移住した三阿弥派の兼則の子が天正(1573年)頃越前一乗谷に移住。本槍は江戸時代の元禄頃(1688年)(328年前)の作之丞兼則です。槍の姿は優美な姿で、地金は小板目肌に柾肌を鍛え、刃紋は直調の刃を焼き刃中明るく良く焼いています。槍の拵えも江戸中期に作られた拵えで、完存作で貴重です。家宝として代々受け継いできた槍として大切にされていました。今回大切にして頂ける方に是非お持ち頂きたいと、特別に格安 にてご提供して頂いております。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
短刀
菊一文字作
現代 18.3 0.1 0.56 長さ6寸
本短刀は鎌倉時代有名な後鳥羽上皇がお手自ら刀を作ったと言われる刀を古来菊一文字と呼びます。後鳥羽上皇は大変刀に造詣が深く、全国より番鍛冶の制度を作り名工を京に呼び寄せ刀を作らせていました。その為に刀剣の世界は空前の活況を帯び全国に名工が排出した為、後鳥羽上皇は刀剣界にとっては大恩人です。本短刀は昭和の菊一文字作で、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は互の目尖り刃元から先まで揃って焼き上げ明るい刃を焼いています。今回世の中に初めて生で出たために薄錆び等有ますがそれも生の御愛嬌です。今は大変少なくなった貴重な愛好家が大変多い現代の有名な菊一文字の短刀をお楽しみ下さいませ。特別に格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼
脇差
吉光(希望銘)
  36.7 0.7 0.65 長さ1尺2寸1分
本脇差は有名な山城粟田口藤四郎吉光の銘を入れていますがあくまでも御愛嬌です。姿は平造の脇差姿でやや反りが有ります。地金は板目肌に柾肌を現し、刃紋は沸出来の互の目乱れ刃を焼き刃中ちじに乱れています。本脇差は重ねもまだまだ充分にあります。この様な藤四郎吉光の銘を見ますと、古来吉光は大変世の中で珍重されていたことが判ります。前の御持ち主様は家代々の家宝として伝わったとの事です。今回世の中に生で初めて出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差


備州長船祐光 享徳三年八月日(と銘有)(文化勲章受賞 末永雅雄先生鞘書有)(本多家伝来)

室町
中期
51.8 2.1 0.64 文化勲章受賞、橿原考古学研究所初代所長、高松塚古墳発掘指導の末永雅雄先生鞘書有(号碧漂霜白)
長さ1尺7寸1分
本祐光の脇差は享徳三年(1454年)(561年前)の年号が有る為に世に有名な備前長船勝光、宗光の父となりますが、あくまでも未審査の為に銘有と致します。本脇差は反りの深い姿で、地金は板目肌に杢目肌が交じり、刃紋は匂い出来の直刃をきりりと焼き見事です。拵えがはばきが葵紋金無垢ハバキ付いた、本多忠勝で有名な本多家にのみ家康から許された葵紋と本多家の立葵紋の散しの素晴らしい脇差拵えが見事です。本脇差の白鞘には文化勲章受賞の考古学者で有名な末永雅雄先生の貴重な鞘書きがあり、古来有名な脇差です、今回世の中に初めて生で出たために拵えのみの格安価格にて御提供です。本多家伝来の貴重な脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼


奥州会津住兼元 萬延元庚申年四月日(会津十一代和泉守兼定)

江戸
末期
70.6 1.6 0.75 (新撰組副長土方歳三の佩刀として有名)
長さ2尺3寸3分
本名古川清左衛門。天保八年(1837年)会津若松に生まれます。16歳にして会津藩藩工となりました。本刀は萬延元年(1860年)23歳の作です。3年後の文久3年12月(1863年)上京して和泉守を受領して兼定に改めました。十一代兼定は会津兼定系最後の名工です。現在土方歳三の愛刀としてあまりにも有名で、また刀剣乱舞での本刀の人気は最高潮です。本刀の姿は豪壮で、地金は板目肌に柾目肌激しく現われ、刃紋は互の目乱れ刃に沸良く付き、砂流し盛んに現れ大変覇気有る刃を焼き、如何にも新選組副長土方歳三が愛した刀の価値が充分にあります。現在十一代兼定無く貴重です。幕末乱世に特に有名になった十一代会津兼定をお楽しみください。
白鞘 売約御礼
脇差


月山貞吉造之 応廣愛勝需 天保十四癸卯年十一月三日

江戸
末期
34.8 7.4 0.55 長さ1尺1寸5分
本脇差は奥州月山の末裔文政初年頃江戸に出て、新々刀の祖と言われる水心子正秀の門人となり、天保四年(1833年)(183年前)大阪へ移住。大阪月山栄華の基を築いた名工です。本脇差は天保十四年(1843年)(173年前)11月3日に製作された世界に1本しかない注文主からの依頼で大変難しい三日月の形をした姿を鍛え、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の直刃を焼き見事です。今に思えばどのようにして鍛えたか、只々頭の下がる思いです。拵えも又素晴らしく赤銅魚々子地の総金具、合口金具に赤銅魚々子地に三日月をあしらい、小柄や笄も赤銅魚々子地に三日月をあしらっています。月が満ちたり欠けたりする仕組みを知らなかった昔の人々にとって夕日に姿を現した三日月は「新月」そのもの、物事の始まりを象徴し、未来の希望を感じさせたに違いありません。三日月は輝きを取り戻した真新しい月の3日目を言い新月として尊ばれました。三日月が見られるのは夕方の西の空だけで夜中には見る事が出来ません、本脇差が作られた日も11月3日で旧暦11月3日は三日月が現れる日です。本脇差はどれ位お金をかけたか判らない位豪華に素晴らしく飾られています。三日月を尊んだ最高級武士の特別のお持ち物であった事が良く判ります。登録証が高知165番昭和26年発行の貴重な大名登録であると言う事で、所持銘の廣愛勝は土佐山内家の一族とされています。幸運を呼ぶ三日月信仰がこれほどまでも素晴らしい月山貞吉の名脇差を後世に伝へてくれました。この脇差は奇跡の脇差です。世界に通じる世界に1本しかない貴重な日本の刀の脇差を是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

九州肥後同田貫上野介(同田貫正国)(島津家伝来)
室町
末期
70.8 2.2 0.8 (刀剣乱舞で有名)
長さ 2尺3寸4分
江戸時代慶長頃(1596年)(420年前)本刀は世にあまりにも有名な「九州肥後同田貫正国」「九州肥後同田貫上野介」と称する小山左馬介の名刀です。正国は初銘は国勝と切り後加藤清正より正の字を賜り正国と改めました。子ずれ狼で肥後同田貫は全国的に有名です。同田貫一派は戦国時代に一門が栄え文禄の役には加藤清正に従って渡海朝鮮で鍛刀したとも伝えられています。本刀は身幅が広く重ねが厚く切っ先が延び、地金は小板目肌に柾まじり、地には地沸が映りの様に現れ、刃紋は匂いの締った複雑な互の目みだれ刃に金筋や砂流しを現し、飛び焼きも焼き大変良く出来ています。島津家の家紋の付いた豪華な薩摩拵が本刀の伝来を伝えています。刀剣乱舞で現在人気第一の肥後同田貫正国の名刀をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

脇差

忠光・宗長(折り返銘)(大小拵付)
室町
中期
室町
末期
62.8
51.7
2.2
1.1
0.7
0.58
大刀2尺2分  忠光      小刀1尺7寸  宗長
本大小拵は江戸末の物で、正式な裃差です。特に小刀は柄頭を水牛の角になっているのは殿中で差すためです。大変地位の高い武士の差料です。鞘は入り子鞘と言う大変手間の掛かった鞘の中に鞘がもう一つ作られ刀の保護を第一に考えて作られた高級な拵えです。大名の刀の拵えに時折見る事が出来ます。大刀忠光は備前長船忠光で、室町中期明応1492年頃(522年前)の刀です。姿優しく地金は板目肌に鍛え地には乱れ映りが現れ、刃紋は互の目丁子刃華やかに焼かれています。
小刀宗長は来国長の門人で。若州小浜に移住した刀工です。本脇差は永正(1504年頃)(510年前)の脇差で、すりあげた為折り返銘で宗長となっています。古来大変大切にされたものです。地金は板目肌に鍛え、刃紋はのたれ乱れに飛び焼きを交え大変覇気有る刃を焼いています。今回生で出ましたので格安にてご提供です。素晴らしい大小拵え付の名刀をお楽しみ下さいませ。


拵え
拵え
売約御礼

備前国住長船祐(定作) 永正十二年八月
室町末期 60.4 1.4 0.73 長さ2尺
永正十二年頃(1515年)(501年前)はまだ俗名の名乗らない時代のために、末備前の代表刀工の与三左衛門尉祐定か子の源兵衛尉祐定と言われる素晴らしい名刀です。姿は切っ先の延びた鎬を削った利刀造を現し、地金は飛びきり素晴らしい良い地金を小板目肌に良く鍛え明るい地金を作り、刃紋は豪快な腰の開いた互の目丁子刃に蟹の爪になる刃を交え、刃中に互の目の足等、様々な働きを現し、与三左衛門祐定の一つの代表的刃紋となっております。拵えも鍔は四分一地金で大崎善明が狩野信章の絵を写し蓮の葉を見事に現し、四分一一作金具が揃った見事な拵えが本刀に一層華を添えています。今回世の中に生で初めて出たために、コレクターの垂涎の的の祐定の名品を特別に格安にてご提供いたしますお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
伝越中守正俊(初代)
江戸
初期
42 0.7 0.68 長さ1尺3寸9分
京五鍛冶の一人、越中守正俊は伊賀守金道、丹波守吉道、伊賀守来金道、と父関兼道と上京、三品一門の基礎を造りました。特に越中守正俊は相州伝に巧みな技を現し、兄弟の内では一番の技量を持つと言われています。慶長二年(1597年)(418年前)越中守を受領しました。本脇差は身幅広く切っ先のやや延びた平肉を落とした南北朝の姿を現し、彫は表に櫃の中に真の龍の彫、裏には独鈷付剣を見事に彫り上げています。地金は板目肌良く詰み、刃紋は志津の様な匂い出来の焼きの低い互の目乱れ刃を焼き、刃中良く働いています。古調な一時代上って見える名脇差です。一部朱銘らしきものが残っているところを見ますと本阿弥家により江戸時代には大名物の御道具として京初代信国として通っていたものと思われます。今回特別に格安にて御提供いたします。是非見事な彫を彫った貴重な越中守正俊の脇差をお楽しみくださいませ。
白鞘 売約御礼

伝藤嶋(変り塗鞘半太刀拵付)
室町
末期
66.7 2.1 0.72 長さ2尺2寸
来国俊の門人と言われる藤島友重が南北朝期建武頃(1334年)越前に移住その後二代目友重が加賀に移住して幕末まで続きます。本刀の姿は室町末期天正頃(1573年頃)(443年前)の切っ先の延びた重ねの厚い反りのやや深い豪壮な姿を現し、地金は板目肌に柾肌が交じりやや黒い地金を鍛え、地には鎬地に淡く微かに映りが現れねばりけの有る地金を鍛え、刃紋は互の目丁子刃に沸が良く付き丁子の足を入れ砂流しを現し大変変化有る覇気有る刃を焼いています。北国は寒い為本刀の様に粘り気のある地金を鍛えて、折れず曲がらず良く斬れる刀を作ったものです。藤嶋一派は古来業物として有名で物斬れの良いので戦国大名が争って手に入れたものです。江戸期の変り塗鞘半太刀拵えも鍔の厚みの為に切羽を多く入れていますが貴重です。熊本県昭和26年の大名登録も細川家伝来でしょうか、お手入れが終わりましたの、是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

奥州住中條道辰作(みちとき) 元治元年八月日
江戸
末期
63.7 1.5 0.78 長さ2尺1寸
初代会津道辰は会津の虎鉄と言われる三善長道の門です。本刀は人気の会津の刀です。松軒元興の弟子で本名中条藤之進六代目会津道辰です。元治元年(1864年)(152年前)蛤御門の変が起こり第一次長州征伐が行われた幕末動乱期の丁度その時に作られた刀です。世の中は尊皇攘夷で騒然とした頃です。会津藩は特に松平容保の時代で、藩祖保科正之の会津藩家訓で徳川宗家を守るのが会津藩の決まりで後には佐幕派の頭となる武断派の藩です。本刀は会津藩重役の為の特別注文品でしょうか、片手抜き打ちに適した短い寸法の刀を鍛え、地金は板目肌に明るく力強く鍛えられ、刃紋は小沸の付いた互の目を複式に明るく焼き見事です。拵えも鍔は鉄地越前記内作立田川の図、縁頭は古金工赤銅魚々子地孔雀と鳳凰の豪華な金具が付き、目貫は赤銅金色絵の翁の図が付いた豪華な拵えが本刀に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
伝末備前(明珍宗信龍鉄細工拵付)
室町
末期
18.1 0 0.9 長さ6寸
本短刀は登録証に巧妙なる外装のために刀身を抜く方法見あたらずと非常に宮崎県の登録審査員の先生の機知に富んだ教養深いお人柄が偲ばれる登録証となっています。本短刀は室町期の備前の短刀の特徴を良く現しています。寸法が6寸と短く重ねが厚く鋭い鎧通しの姿を現し、地金は板目肌良く詰み、微かに映りを現し、刃紋は匂出来の互の目乱れ刃を現し、良く出来ています。拵えがまた素晴らしく鉄作りの名工明珍宗信作と前の御持ち主様が伝えられています。鉄は飴では有りません、しかしながら明珍宗信の本龍の鉄拵えは鉄を飴の様に自在に拵え驚愕の細工となっています。博物館に飾っても良い拵えです。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたしますお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

源幸弘 昭和甲寅年十月日
現代 73.2 2.1 0.78 (昭和49年)
長さ2尺4寸2分 重量鞘を払い1161gr
源幸弘刀匠は香川県出身。元陸軍受命刀工として活躍しました。本名武田楠太、師は富永龍宇刀匠です。本刀は鎌倉時代の元身幅広く先身幅も広く、きっ先は猪首切っ先を現し、重ねも厚く豪壮な姿を現し鎌倉時代の太刀を再現しています。彫は棒樋を見事に掻き流し、地金は板目肌良く詰み淡く乱れ映りが現れ、刃紋は古刀を写した直刃に刃中葉を交え古刀の刃を見事に再現して成功しています。拵えも現代の拵えですが本刀に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
兼松(豪華な波千鳥高蒔絵塗鞘合口拵付)
室町
末期
26.4 0 0.62 (短刀拵共刀苑社上々作)
長さ8寸7分
本濃州関住兼松は室町時代天文頃(1543年)(473年前)丁度種子島にポルトガルから鉄砲が伝来した丁度その時に作られた短刀です。姿は山城来国俊を写した上品な短刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み元から映りを鮮明に現し時代が古く見えます。刃紋は匂出来で古雅に元を焼き落し直刃を焼いて上品な刃を焼いて見事です。拵えも黒蝋鞘に波千鳥の高蒔絵を見事に描いた豪華な合口拵が本短刀に一層華を添えています。戦国時代美濃鍛冶は全国の戦国大名の刀の需要を備前長船鍛冶と共に担い大いに発展をした刀工です。古来兼松刀匠の刀は有名ですが現存作ほとんど無く本短刀は兼松刀匠の実力を如何なく発揮した貴重な名短刀です。この度世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
濃州住田代源一兼元
江戸
初期
50.1 1.4 0.72 長さ1尺6寸5分
本脇差は寛永時代(1624年)(392年前)の孫六兼元です。孫六兼元から数えて四代目です。俗名を田代源一と言い本脇差は田代源一兼元と名乗っています。姿は典型的な力強い脇差姿で、地金は小板目肌良く詰み素晴らしく綺麗な地金を鍛え、刃紋は孫六兼元考案の三本杉を力強く焼き上げています。孫六兼元が考案した三本杉は500年と言う長い間、後世の刀工達に非常多くの影響を与えた最も人気の刃紋です。しかしながら現代刀匠ではなかなか再現するには難しい刃紋でもあり、現在は一二の刀工しか焼く事が出来ない刃紋となっています。江戸期の拵えもはばきが五三の桐が彫られたはばきを付けた素晴らしい拵えが本脇差に一段と華を添えています。今回初めて世の中に生で出たために格安にてご提供いたします。孫六兼元四代目を是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

南都金房兵衛尉正次
室町
末期
69.9 1 0.73 長さ2尺3寸 重量鞘を払い962gr
室町時代天正頃(1558年)(458年前)大和奈良に古刀期末期を飾る金房一派が繁栄いたします。本正次は金房派の代表刀工です。本刀は身幅尋常で反りやや浅い刀姿を現し、地金は板目肌に鍛え、柾目肌を現し、彫は棒樋を上手に彫り、刃紋は匂本位の直刃きりりと匂が締り明るい刃を焼いています。当時の大和金房派と肥後同田貫派は素晴らしく良く切れることで知られた業物の双璧です。本刀は備前長船清光に見える素晴らしい出来です。本刀も鑑定会に出すと、備前長船清光の札が入るでしょう。江戸期の拵えも本刀に一層華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために古研ぎの為に地刃が良く判りにくい所も有りますがそれも御愛嬌です。特別に格安にて御提供いたします。金房兵衛尉正次の名刀をお楽しみください。
拵え 売約御礼
脇差
上野守久国
江戸
中期
55.8 2 0.73 長さ1尺8寸4分
土佐の久国は本名木村平右衛門。江戸時代享保頃(1716年)(300年前)の刀工です。土佐藩山内家抱え鍛冶の上野大掾国益の養子となり、藩命で宝永頃京都に上り伊賀守金道の弟子の二代目近江守久道の弟子となりました。本脇差も元身幅広く、先身幅も広く反りが深い豪壮な姿を現し、地金は板目肌良く詰み力強い地金を鍛え、刃紋は久道に大変良く似た京焼き出しを焼き大変覇気有る逆心を持った良く沸の付いた互の目丁子刃を焼き、垢抜けた作品で上野守久国の最高傑作品の脇差となっています。土佐の刀は本数少なく本脇差は大変貴重です。今回古い御数寄者様から世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝越前新刀
江戸
初期
71.4 1.4 0.61 長さ2尺3寸6分 重量鞘を払い861gr
寛文1661年頃(355年前)の越前の刀工です。代表刀工は越前康継、長曽根興里入道虎鉄、等々名工を多く排出致しました。本刀も無銘なれども反り浅い中切っ先の寛文新刀の刀姿で、地金は小板目肌が鍛えられ、刃紋は互の目乱れ刃尖りを交え矢筈乱れ刃を交え素晴らしく覇気有る刃を焼いています。長年の戦国時代も収まり、世の中は平和を満喫していましたが、道場では、竹刀剣道が大変流行り、突き技が大層行われ流行として寛文新刀と言う突き技に適した反りの浅い刀が大いに作られました。本刀は素晴らしく物切れする刀です。素晴らしくバランスが良いために居合に今すぐにでも使用できます。今回生で世の中に初めて出ましたので格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
刀子
河内国平作 習正倉院刀子
現代       2014年正宗賞を受賞された河内国平刀匠 平成十二年作の正倉院刀子写です。 全長22.3cm、刃長7cm、純金金具付。   売約御礼

則綱作(芸州住源則綱)
江戸
初期
70.3 1.2 0.68 広島、芸州住源則綱、板原善助。本国肥前佐賀寛文頃(1661年)(353年前)の刀工です。本刀は長曽祢興里虎鉄の同じ時代の反りの浅い剣道の突きが流行った時の寛文新刀の姿を現し、如何にも物切れする刀です。地金は板目肌良く詰み明るく、刃紋は匂い出来の互の目を規則的に六個宛てずつつ焼き、初めて拝見する斬新な刃紋を焼き上げて新鮮です。この様に思うように刃紋の焼きを入れるのは現代刀匠に聞いても、大変難しい焼き入れとの事で、これを見ても則綱刀匠の腕の良さが良く判ります。拵えも付いており、お預かり品の為に、御持ち主様の御計らいで今回破格の価格でご提供いたします。お楽しみ下さいませ。 拵え 売約御礼
短刀
備州長船宗光 明応三年八月日(両刃の短刀)
室町
中期
15.5 0 0.56 長さ5寸1分
本長船左京進宗光は、六郎左衛門祐光の次男で右京進勝光の弟です。本短刀は室町時代明応三年(1494年)(522年前)作の備前長船鍛冶独特の寸法の短い両刃の短刀ですが、本両刃の短刀は今回世の中に初めて生で出たために御覧のように錆身の為に地刃が見えず一切が不明として下さい。宗光は鎌倉時代の長船長光の弟又は弟子と言われる初代から続き本左京進宗光、天文頃の左京進宗光、永禄の左近宗光、左衛門七郎藤原宗光と続きます。末備前と尊称される備前鍛冶は天下の戦国大名の垂涎の的の名刀揃いでした。一切不明のしかし大変貴重な備前長船宗光の両刃の短刀をお楽しみ下さいませ。特別に格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼
脇差
菊紋 丹波守吉道(竜田川の刃紋)
江戸
初期
54.4 1 0.66 長さ1尺8寸
本脇差は丹波守吉道の四代目貞享(1684年)(330年前)頃です。地金は小板目肌良く詰み明るく冴えています。刃紋は簾刃に川の流れに紅葉が流れる様を見事に現して、話には聞きますが、竜田川の刃紋の現物を拝見する事今まで無く、大変貴重な脇差です。丹波守吉道初代は志津三郎兼氏九代の末葉と称する、父兼道に伴われ兄伊賀守金道と共に兄弟4人が上京幕末まで京五鍛冶として繁栄した刀工です。刃紋に新風をお越し、簾刃、菊水刃、富士見西行、と本脇差の竜田川、と邪道と思われますが、現在では決して再現できない貴重な刃紋です。現存作非常に少ない丹波守吉道の名脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝奥州住兼定
江戸
初期
40.3 0.8 0.69 長さ1尺3寸3分
名刀美濃関の最上大業物で有名な和泉守兼定(之定)から数えて六代目位でしょうか、慶長年間に会津藩主蒲生氏郷に抱えられ会津に移住しました。古来有名な兼定が幕末まで十一代続きます。本脇差は重ね厚く豪壮でやや反りの浅い寛文新刀姿を現し、地金は板目肌良く詰み、刃紋は元を互の目で先を直刃で焼き大胆に明るく焼き上げ、当時の同じ国の会津虎鉄と呼ばれた、三善長道と大変良く似た名刀です。如何にも切れる業物の名声をいやがうえにも上げています。新撰組副長土方歳三の愛刀は十一代会津和泉守兼定の刀で現在も東京八王子の土方歳三家に大切に保管されています幕末会津藩主松平容保が京都守護を仰せつかったために会津藩工兼定の刀は会津藩お預かりの新撰組に褒美として授けられたものと思われます。本脇差は今は証書が紛失して有りませんが貴重刀剣で奥州兼定に認定されていました。今回世の中に初めて生で出てきました多少の錆が有りますがそれも御愛嬌です。格安でご提供いたします。
拵え 売約御礼
短刀
備州長船清光 永禄六年二月日
室町
末期
31.6 0.2 0.59 長さ1尺4分
永禄6年1563年(451年前)時あたかも桶狭間の戦いの後3年後、織田信長が天下布武を唱えて各地で勇ましく戦っている時の、備前長船清光中の名工孫右衛門尉清光の作です。この刀工が清光の中でも特に上手です。本寸延び短刀はほとんど反りが無く平造の短刀姿で、地金は板目肌に鍛えられたこまかな地沸が付き、乱れ映りが現われ、刃紋は沸匂の絡まったのたれ乱れ刃に互の目乱れ刃ちじに乱れ大変覇気有る見事な刃を焼き上げています。帽子も大きく返り見事です。拵えも江戸時代の小さ刀拵え、鞘は青貝微塵塗り鞘で縁金には珊瑚をあしらった粋な拵えとなっています。高禄の武士しか持てなかったであろう豪華な拵えが本短刀に一層華やかさを現しています。清光の名短刀を是非お楽しみくださいませ。
拵え 売約御礼

義国
現代 66.2 1.6 0.66 長さ2尺1寸8分
本刀は義国銘だけの為に、日州住義国、本名成合袈裟義、宮崎市住にあたる刀工の刀でしょうか、今回世の中に初めて出たために御持ち主様の手入れが行き過ぎて地と刃が見えない為に一切不明です。刀姿は鎬が高く重ねが厚くしっかりとした刀姿を現し、地金も傷一つ無く綺麗です。刃紋は手入れが良すぎて一切不明ですが紙は良く切れますので、刃はしっかりとついています。研ぎを掛ければ立派に地と刃は現れると思います、それも又お楽しみです。是非研ぎをかけて後世に大切にお伝え下さい。その分格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

備州長船住友成五十八代孫横山祐包作 慶應三年八月日
江戸
末期
73.1 1.1 0.64 水谷亮宗所持
長さ2尺4寸1分
祐包は備前国長船与三左衛門尉祐定より数えて十三代目祐定で友成五十八代の孫と称し祐包と名乗りました。本刀は所持者銘入りの注文打ちの優刀です。本刀の姿は腰反りで反りの浅い優美な刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰んで冴えた地金を鍛え。刃紋は匂い出来の現代の刀工では出来ない家伝の複式の互の目丁子刃を明るく見事に焼き上げています。拵えも当時の江戸期の鞘は黒蝋変り塗鞘に、鍔は鉄地に高彫で葡萄リスの図を配し、縁頭は赤銅魚々子地葡萄の図、目貫は赤銅地猛禽と鳥の図を入れ所持者水谷亮宗が高級武士であった事が判ります。刀剣大国備前国長船の新々刀の卓尾を飾る横山祐包の刀をおたのしみくださいませ。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。
白鞘
拵え
売約御礼

天龍子正隆(花押)
江戸
末期
69.5 1.8 0.66 長さ2尺2寸7分
尾崎助隆の孫、友三郎隆繁の子、本名尾崎源吾、天保頃(1830年)(186年前)の有名刀工です。公卿千種有功卿の相手鍛冶として特に大変有名な刀工です。大坂住、後に京都に移住しました。本刀は姿元身幅広く先身幅も広く、刃肉を落とした豪壮で鋭利な姿を現し、地金小板目肌素晴しく良く詰み美しい地金を鍛え、刃紋は応永備前長船盛光写の腰の開いた匂い出来の互の目丁子刃を見事に焼き上手です。拵えも江戸期の拵えが本刀に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために、御手入れをしました。天龍子正隆の快心作を拵え共々お楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼

一(金象嵌銘)(一文字)
鎌倉
中期
71.5 2 0.74 長さ2尺3寸6分 重量鞘を払い1028gr
本刀は一と金象嵌銘で一文字派の刀と現しています。地金は備前伝の板目肌が良く鍛えられ、刃紋は備前の丁子刃に匂い足が良く入り出入が激しく良く焼かれ如何にも鎌倉時代中期の福岡一文字派の名刀を見る様に見られます。昔から福岡一文字派の刀は武士の憧れの刀です。拵えも江戸幕末の西洋式に高級武士のズボン差しと言われる、素晴らしく威勢の良い虎の目貫のついた突兵拵えが本刀に一段と華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。江戸時代には福岡一文字派の刀として伝来した刀を是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

筑後守藤原包則 越前住(一文字写)(業物)
江戸
初期
69.4 0.7 0.66 長さ2尺2寸9分
筑後守藤原包則、下坂市左衛門。越前一乗住。本刀は寛文頃(1661年)(354年前)初代は室町時代関から一乗谷に移住してきた兼則で、本刀は二代目包則です。業物として特に有名です。本刀は虎鉄と同じ時代の反りの浅い寛文新刀の姿を現し、地金は小板目肌良く鍛えられむっちりとした良い地金を鍛えています。刃紋は沸の付いた鎌倉時代備前福岡一文字の刃を写した高低の有る互の目丁子刃を見事に焼いて、大変覇気有る刃を焼き業物の風格をただよせています。拵えも幕末の上士しか持てなかった朱鞘の付いた拵えが本刀に一段と華を添えています。貴重な越前包則の名刀をお楽しみ下さい。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
兼元(孫六)(後代)
室町
末期
38.7 0.8 0.55 長さ1尺2寸8分
孫六兼元は戦国時代から大業物として良く斬れるとして余りにも有名です。名物波泳ぎ兼元は斬られた相手が向こう岸に着くまで切られた事が判らなかったほど切味が素晴らしいかったとして名づけられた名刀です。孫六兼元は末関鍛冶を代表する名工です。本脇差は室町期天正頃(1573年)(433年前)の四代目孫六兼元の大変貴重な脇差です。身幅広く、重ねが心持ち薄目になり、平肉がつかず、地金は板目に柾が交じって明るくさえ、地にえみじんにつき、刃紋は匂い出来の素晴らしくむらの無い覇気有る三本杉を主調とした見事な刃紋です。帽子は小丸に上手に焼き上げています。拵えも江戸期の豪華な脇差拵えが本脇差に一層華を添えています。探山先生の鞘書きも有り大変貴重です。現存作少なく憧れの的の孫六兼元をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

周防国住人真龍子藤原永弘作之 君万歳 慶應元年六月吉祥日
江戸
末期
67 1.7 0.76 長さ2尺2寸1分
長州刀工永弘の備前長船長光写しの素晴らしい刀です。永弘は備前加賀介祐永の元で学び、帰国後長州萩で鍛刀し後に長州藩の藩都が山口になり山口に移住。幕末動乱期に長州武士の為に大いに作刀し幕末維新の為に貢献しました。本刀は慶應元年(1865年)(151年前)時あたかも幕府軍の長州藩への再征の真っ只中。備前長船長光写しの刀を鍛え姿はこぶる良く、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂い出来の互の目丁子刃を元から先までむら無く焼き永弘刀匠の命を懸けた刀で永弘刀匠の技量の高さを誇る名刀となっております。君万歳と持ち主の永遠の繁栄を祈り作った刀です。今回世の中に生で初めて出たために特別に格安にて御提供いたします。
拵え 売約御礼

大阪住源貞秀 柳生住源貞弘合作 昭和五十三年十二月吉日(奈良県重要無形文化財)
現代 76.2 1.7 0.82 長さ2尺5寸1分 重量鞘を払い1147gr
月山貞勝の弟子で人間国宝月山貞一と兄弟弟子の奈良県重要無形文化財喜多貞弘刀匠の相州貞宗写しの素晴らしい刀です。貞弘刀匠は刀工として当時相州伝製作の第一位として大変有名な刀匠です。本刀は登録証の関係で弟子の貞秀刀匠との合作銘にしていますが師匠貞弘刀匠の作品です。姿は鎌倉時代末期の姿を現し棒樋を掻き、地金は板目肌良く詰み力強い地金を鍛え、刃紋は沸の強い匂いの深々とした互の目乱れ刃に金筋が現れ、格調高い刃を焼いて成功しています。古来刀剣界では垂涎の的である相州貞宗を見事に写して、如何なく名匠喜多貞弘刀匠の実力をここに現しています。素晴らしく良く出来た貞弘刀匠の作品であります。今回世の中に初めて生で出たために格安でご提供です。是非お楽しみくださいませ。
拵え 売約御礼
短刀
秀弘(左行秀弟子)
江戸
末期
24 0 0.99 長さ7寸9分2厘
本名田内楠次郎。土佐の新々刀最上作、左行秀内弟子で行秀の代作者としてとても名高い刀匠です。本短刀も幕末慶応頃(1865年)(151年前)の特別誂えの作品です、身幅広く重ねが普通の短刀の2倍位は厚い豪快な短刀の姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は直刃にのたれ交じり打ちの気や、金筋や二重刃を焼いて左行秀の上作を見る様な豪壮な短刀を作り上げています。拵えも江戸期の鞘は朱曙塗り変り塗鞘で縁頭こ尻は赤銅金具一作の付いた豪華な拵えが本短刀に一層華やかさを添えて貴重です。今回古い御数寄者様から世の中に初めて出たために格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

伝兼涌(かねわく)
室町
末期
69.6 1.8 0.75 長さ2尺3寸 重量鞘を払い1073gr
室町時代天文頃(1543年)(473年前)丁度ポルトガルから種子島に鉄砲が伝来した丁度その頃の刀です。兼涌は元々お金が涌と言い伝えられて大変縁起の良い刀として大切にされてきました。本刀も無銘なれども先反りのやや有る中切っ先の優美な刀姿で、地金は板目肌が強く柾肌多く現れ、刃紋は互の目乱れ刃尖りを交え金筋や砂流しを交え素晴らしく覇気有る刃を焼いています。本刀は素晴らしく物切れする刀です。素晴らしくバランスが良いために居合に今すぐにでも使用できます。この刀を持つと金が涌く涌くと言われる大変縁起の良い刀です。今回生で世の中に初めて出ましたので格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
加藤綱俊造 文政七年四月日(長運斎綱俊)
江戸
末期
35 0.9 0.56 長さ1尺1寸6分
長運斎綱俊は水心子正秀門人で江戸新々刀期の備前伝の天才刀工として余りにも有名です。生まれは米沢、加藤国秀の子。加藤綱英の弟。一門の門弟には固山宗次や甥には幕府お抱え工の石堂運寿是一がいて、一大流派の頭領鍛冶です。江戸麻布上杉屋敷にて刀を作っていました。文政七年(1824年)(191年前)シーボルトが長崎に来た一年後、異国船打ち払い令の一年前の作品です。本脇差は小振りで洗練された姿で、武士の大小の小刀です地金は小板目肌良く詰み、こまかい地沸が付き、刃紋は匂い出来の直刃がきりりと焼かれ長運斎綱俊の腕の確かさを現しています。江戸期の脇差拵が本脇差に一層華を添えています。今回生で出ましたので格安にて御提供いたします。長運斎綱俊の歴史的貴重な刀をお楽しみ下さいませ。
拵え
売約御礼

末三原(業物) (古刀)
室町
末期
64.5 1 0.64 長さ2尺1寸3分
備後三原、現在の広島県三原の名刀です。時代は天文頃1550年約466年前。毛利元就が活躍していた時を同じくした刀です。姿は大すりあげで反りの少ない鎬のやや高い姿を現し。地金は小杢目肌良く詰み乱れ映りが淡く現れ、時代の古さを現し、刃紋は匂い出来の直刃を焼き一部犬刃風の働きもあり。帽子は三原の逆落としと言われる返りを深く焼いて三原の特徴が良く現れています。大和風が強く大和鍛冶が三原に一部移住した事が良くわかります。肥後金具の付いた拵えも本刀に一層華を添えています。大変貴重な古刀の三原の刀をお楽しみくださいませ。
拵え
売約御礼

特殊鋼以井戸秀俊作
現代 65 1.2 0.78 長さ2尺1寸1分 重量鞘を払い961gr
井戸俊秀刀匠は戦後復活しなかった刀匠の為に、本刀は俊秀刀匠にとって大変大切な刀です。本刀は昭和に入り軍陣刀製作に錆びず素晴らしく良く切れ丈夫な刀の開発が急務であり、さまざまの研究をしておりました。本刀も極寒の地で余り錆びず、折れず曲がらず良く切れる刀の研究に作られた貴重な刀です。本刀の特殊鋼は島根県の安来の特殊鋼を研究して作られた刀です。地金は小板目肌に鍛え、刃紋は互の目乱れ刃に尖りを交え長船長光を写して横手下を直調に刃を低くして刃の強靭さを保つ様に工夫しております。自信作の為に自身彫を表に玉追いの龍を。裏に梵字を彫って見事です。この度世の中に生で初めて出たために特別に格安にて御提供いたします。
拵え
売約御礼

太刀

金剛兵衛叅源盛次 享禄四年三月日
室町
末期
59.8 1.8 0.71 長さ1尺9寸6分
本小太刀は室町時代中期享禄四年期(1531年)(485年前)のある筑前(福岡県)の金剛兵衛盛次の作です。金剛兵衛の作には年期作少なく大変学術的に貴重です。本小太刀は姿は腰反りで反りがやや高く棒樋を上手に彫り、地金は小板目肌良く詰み冴えた地金を鍛え地に地景が現れ、刃紋は如何にも良く切れそうな小沸出来の直調の刃に一部に二重刃かかり、淡雪が積もれる如くの刃を焼き素晴らしい出来をあらわしています。盛次の前の叅の字の意味は不明ですが、かたじけないと言う感謝を現したものかは後世の研究に待ちます。戦国時代群雄割拠の九州地方で大活躍した金剛兵衛盛次の素晴らしい貴重な享禄四年期のある小太刀を是非おたのしみくださいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝備州長船住祐定作
室町
末期
49.8 1.4 0.53 長さ1尺6寸4分
本刀は天正頃(1575年)(441年前)長條の合戦で織田信長が武田勝頼に勝った時分に作られた脇差です、無銘ですがどこから見ても名工備州長船住祐定である脇差です。本脇差は身幅頃合いで反りが深く元に踏ん張りが有り腰に差すのに軽快な脇差として作られています。地金は備前地金で板目肌を鍛え所々大肌が交じりますが気になりません。刃紋は変化の有る腰の開いた互の目丁子刃を焼き末備前独特の非常に覇気の有る刃を焼き入れています。この様な無銘なれど祐定の刀は大変良く斬れた刀で古来有名でした。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にてご提供致します。備州長船住祐定作と思われる名脇差をお楽しみ下さい。
白鞘 売約御礼
短刀
貞行
江戸
末期
17.8 0 0.86 長さ5寸8分
加賀(石川県)沖長右衛門貞之の子供で、嘉永頃(1848年)(168年前)の作品です。父の貞之は江戸より招かれて加賀に移住と言われており、本貞行刀匠は加賀での跡継ぎ刀匠です。幕末嘉永六年にはペリーがアメリカから軍艦4隻を以て浦賀に来航する時期です。翌年には吉田松陰がアメリカに密航を企てた丁度その頃に作られた短刀です。本短刀は重ねがすこぶる厚い鎧通しの豪快な姿を現しています。地金は小板目肌良く詰み表裏に棒樋を彫り、刃紋は匂いに小沸を交え、互の目乱れ刃に刃縁に働きを現し、金筋を交え覇気有る刃を焼き上げ、幕末動乱期に向けての刀工の意気込みを感じさせる小振りなれども力強い鎧通しの短刀となっています。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします、お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
伝新々刀寿命
江戸
末期
44.4 1.1 0.61 長さ1尺4寸6分
江戸末の文政頃(1818年)(198b年前)の寿命。本脇差は初めて世に出てきましたので、少々地刃が不鮮明ですがお手入れをしてやって下さい。本脇差は地金は板目肌に柾肌が交じっているのでしょうか良く判りません。刃紋は互の目が連続して寿命の特徴を良く現わしています。寿命は古刀期より寿命が長く縁起が良いと言うので古来大切にされました。拵えが立派です、鞘は今の時代では出来ない松葉に青貝塗鞘に、鍔は変り鉄鍔に銀覆輪を豪華に掛けています、半太刀金具は赤銅魚々子地に金こべりをあしらった金具を付け大変豪華な拵えです。今回世の中に初めて生で出たために中身はタダで拵えも安く特別格安価格で御提供です。お目出度い寿命の脇差をお楽しみ下さい。
拵え 売約御礼

伝越前関(刃切れ有り)
江戸
初期
73.1 1.5 0.67 長さ2尺4寸1分 重量鞘を払い1214gr
寛文1661年頃(355年前)の越前の刀工です。代表刀工は越前康継、長曽根興里入道虎鉄、等々名工を多く排出致しました。本刀も無銘なれど反りの少ない中切っ先の豪壮な姿で、地金は板目肌が強く柾肌多く現れ、鍛えた傷も有りますが御愛嬌です。地金が北国地金でやや黒く輝いています。刃紋は互の目乱れ刃に金筋や砂流しを交え全般に覇気有る刃を焼いていますが、物打ちあたりに5か所程小さな刃切れが有ります。居合や試し切り、剣道の形や居合の形には惜しげもなく使えます。刃切れを御承知で格安にてお買いください。今回生で世の中に初めて出ました超格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
× 拵え 売約御礼
脇差
正清
不明 54.8 1.3 0.63 長さ1尺8寸
本脇差は世の中に初めて生で出たために、御覧のように研ぎ上げていない為に刃紋は直刃調であろうと判りますが後は表に真の梅巻龍の彫が有るぐらいしか判りません、正清の銘もどこの正清か判りません、拵えは幕末の拵えですが鉄地の鍔、縁頭は銅地に金象嵌に草花の図目貫は猿が鈴を振っている御神楽の図の面白い目貫が入っています。昔から家にあった脇差とかで、今回特別にこのままにしておくのも可哀そうなのでお好きな方に格安でお分け下さいとのお申し出で特に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
伝新々刀(添仕込み杖拵)
江戸
末期
43.4 0 0.49 長さ1尺4寸3分
本脇差は明治時代初期に重要人物を守る為に仕込み杖に入れるために作り上げられた脇差です。姿は反りの無い鵜の首造の姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、彫は表に腰樋、裏に二筋樋を彫って、樋の中には朱の漆を塗り、刃紋は匂出来の互の目刃を焼いています。仕込み杖は廃刀令後明治政府の重要人物が暗殺から第一撃を自ら守る為に考え出された護身用の貴重な時代の資料です。後世に大切に保存愛護したいものです。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
脇差
伝新々刀
江戸
末期
38.7 1.2 0.66 長さ1尺2寸8分
御覧のように地金刃紋一切不明です。刃紋は互の目乱れの様に見えますが、長い間おじい様の蔵にしまわれていたとの事で今回初めて世に出てきました、今回は見て頂いた通り刃は一切不明でございます。しかし身幅も重ねも有りしっかりした脇差です。拵えも江戸期の小柄櫃の付いた拵えが武士の大小の小刀であった事が偲ばれます。地刃一切不明とした脇差をお楽しみ下さいませ。今回特別にお安く御提供いたします。
拵え 売約御礼
太刀
城慶子正明鍛之 試鹿角及甲札興棒
江戸
末期
72.1 1.6 0.83 慶応二二年戊辰年秋 応圓山信庸需
本名竹村恒次郎。細川正義門。作州津山藩工の城慶子正明は細川正義門の代表刀工で上手です。本刀は特別注文品で姿素晴らしく豪壮で、地金は小板目肌良く詰み、素晴らしく力強い地金を鍛え、刃紋は匂い出来で小沸が付いた備前伝互の目丁子刃を変化有る覇気有る素晴らしい大胆な刃を焼き成功しています。本刀は鹿の角を断ち切り、鉄の板も切、樫の棒も両断した素晴らしく切味の良い城慶子正明の古来から有名な代表的最高傑作品の刀です。時あたかも明治維新を迎える時、武士の意気込みが刀に現れた歴史を感じる名刀です。当時の拵えが本刀に一層華を添えています。
白鞘
拵え
売約御礼

備州長船住祐定 八月日
室町
末期
73.1 1.2
0.77 備前国祐定は名刀の代名詞として余りにも有名です。本刀は八月日と有りますが、年号が有りませんが、織田信長の姉川の合戦比叡山の焼き討ち、武田信玄と徳川家康の三方原の合戦と日々戦国時代の群雄割拠の時代を逞しく生き抜いた名刀です。本刀は板目肌良く詰み備前独特の潤いのある地金で映りが立ち、刃紋は互の目丁子乱れ刃、刃中葉が働き千変万化の変化を表し素晴らしく覇気ある刃をむら無く焼き上げています。拵えも武士の好みで地味ですが、鉄地一作拵えと目貫は室町時代の古金工の目貫が一層本備前長船祐定の名刀に華を添えています。をおたのしみください。 拵え 売約御礼
短刀
来国光(金象嵌銘)
鎌倉
末期
26.7 0 0.62 長さ8寸8分
来国光は来国俊の次男で鎌倉末期嘉暦(1326年)頃(689年前)の来派の頭領鍛冶で有名です。本短刀は冠落し造の姿で重ねが厚く如何にも健全で見事な短刀です。地金は小板目肌良く詰み、地沸つき、刃紋は小乱れ調直刃でわずかに小互の目交じり、小沸つき、来国俊よりは地刃の沸が強い事、地刃の働きが豊富なことが特に特筆され来国光の金象嵌銘が又良く貴重です。来国光の健全な短刀は大変数が少なくすこぶる貴重です。世界の宝と言うべき貴重な来派の頭領、来国光の短刀をお楽しみ下さい。今回御数寄者様から世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

備前国崇光 平成十六年六月日
現代 67.5 2 0.67 長さ2尺2寸2分7厘
崇光刀匠は世界的に有名な備前長船で鍛刀していた今泉俊光先生を父に持ち、厳しい修業に励み、毎年行われる新作名刀展で数々の賞を受賞する名工です。本刀は末備前与三左衛門尉祐定を見事に写した作品です。姿は備前伝の腰反りで元に踏ん張りが有り、地金は板目肌良く詰み、大変古く見える地金を見事に鍛え、刃紋は末備前ののたれ乱れ刃に複雑な互の目や葉を見事に交え室町期の今から500年前の、古刀末備前の刀に紛れる位古く見える刀を鍛え見事です。崇光刀匠の父親譲りの腕の良さが本刀で見事に証明された刀です。崇光刀匠の刀市中に出ることほとんど無く大変貴重な名刀です。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼


伝景光(加賀) 青雲

室町
末期
61 2.5 0.67 長さ2尺1分
初代は康暦1379年南北朝頃より始まり 本刀は永正1504年頃の業物として有名な景光です。地金は板目が良く詰み柾目肌が現れ、小さな飛び焼きを焼き、刃紋は小さな互の目刃が揃い、沸が良く付き素晴らしい覇気の有る刀です。中心に持ち主の心意気である立身出世を望む青雲の文字が隷書風に彫られ、又本刀の拵えも幕末ズボン差にするために、木の目模様の変り塗り鞘に冠を取付け、幕末風雲急な時代を告げています。古来加州景光は業物として有名ですが、現存品が極端に少なく本刀は貴重な刀です。
拵え 売約御礼
太刀


宮入行平作 昭和五十年菊月吉日(人間国宝 宮入昭平)(源清麿写)

現代 76 2 0.78 長さ2尺5寸
宮入昭平刀匠は刀剣界で余りにも有名な大名工です。宮入一門の総帥として大変人気の高い第一人者の名工です。昭和38年人間国宝に指定されています。昭和48年心機一転昭平銘から行平になりましたが行平銘は数えるほど少なく貴重です。本刀は源清麿を写した名刀です。姿は南北朝期の切っ先の延びた豪壮な太刀姿で小板目肌が良く詰み、刃紋は覇気有る互の目刃を格調高く焼き、覇気有る沸を良く付け金筋を見事に現しむらの無い素晴らしく明るい刃を焼きあげ源清麿を狙って成功した最高傑作品です。貴重な素晴らしく人気のある人間国宝宮入行平銘の貴重な御太刀をお楽しみくださいませ。
白鞘 売約御礼
太刀


経家(大徳川家伝来)

南北
69.2 2 0.8 長さ2尺2寸9分
鎌倉時代の畠田守家の子が経家家の初めで本刀は南北朝期応安頃(1368年)(648年前)の備前長船経家在銘の貴重な名刀です。本刀は姿はやや鎬の高い上品な太刀姿で、地金は板目肌良く詰み、刃紋は匂いに小沸の付いた直調の刃紋に小互の目を上品に交え見事な刃を焼いています。本阿弥日洲先生の本経家の太刀の傳来書によりますと徳川実記文化十五年(1818年)(198年前)寅三月七日十一代将軍徳川家斉侯が右大将に昇進した御祝に天皇家から即位の御祝に大徳川家が御拝領したと言う天皇家と大徳川家伝来の名刀です。昔は素晴らしく豪華な天皇家の菊紋の入った糸巻き太刀拵えと共々伝わったものと言われています。備前長船経家の太刀をお楽しみくださいませ。
白鞘 売約御礼

肥前住播磨大掾藤原忠国(初代)(業物)
江戸
初期
71.5 1.4 0.74 長さ2尺3寸6分
初代忠国は肥前国忠吉の異母弟の橋本相右衛門広貞(吉家)の次男です。いわゆる忠国は肥前国忠吉の甥にあたります。寛永十一年播磨大掾を受領して忠国と改めます。本刀は忠国の最高傑作品です。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み地沸が素晴しく良く付いて、刃紋は得意の大互の目を奔放に焼き素晴しく覇気のある刃を匂深く焼いています。肥前刀は忠吉一家はじめ全ての刀工の技量素晴らしく高く。肥前国忠吉が頭領鍛冶として有名ですが本刀のように腕の良い側近鍛冶が居て初めて、肥前刀の声価を世に一段と上げています。今回昔からの古いお数寄者様から初めて世に出てきました。無冠ですが将来大変楽しみな刀です。お好きな方に是非お安くお分けくださいとの事で、特別に破格の価格で御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

肥後国八代住赤松太郎兼裕作 写清麿 辛卯年二月吉日(拵付)
現代 73.8 2.1 0.8 以自家製鉄鍛之
長さ2尺4寸2分
現代刀匠の代表赤松太郎兼裕の源清麿写の代表作です。姿元幅と先幅の差が無く大切っ先で南北朝の体配を豪壮に現し、地金は板目肌力強く良く丹念に鍛えられ。刃紋は源清麿の互の目刃を良く現わし、素晴らしく強い働きが現れて源清麿をほぼ完璧に再現している名刀です。拵えは現代の拵えですが本刀に一層華を添えています、是非お楽しみ下さい。
白鞘
拵え
売約御礼

武士道肥後国八代住赤松太郎兼裕作 丙申年二月吉日
現代 75.2 1.9 0.69 以自家製鉄鍛之
長さ2尺4寸8分 重量鞘を払い1027gr
互の目丁子刃素晴らしく良く出来ています。
拵え 売約御礼
短刀
雲州住清則作 応永二年八月日
室町
初期
25.8 0 0.57 長さ8寸5分
備前吉井派から応永清則の一門で永享頃(1429年)雲州(島根県)に移住して初祖応永清則の法号を取って道永派と称したと今まではなっていますが。本短刀は永享より遡る事34年応永二年(1395年)(621年前)期の雲州住清則の出現で大変歴史的にも貴重な短刀です、姿は鎌倉時代の山城来国俊と同じ姿の上品な平造の短刀姿が良く、地金は板目肌に地には乱れ映りが美しく見事に現れ、彫物は表に独鈷付素剣、裏に梵字に護摩ばしを見事に彫、刃紋は吉井派ののたれ乱れ刃にやや尖った互の目を焼き、刃先から映りを現わし、裏の刃を深く焼き下げています。素晴らしく覇気有る短刀で雲州住清則の時代の遡る資料的価値が大きい短刀です。岐阜県昭和26年の大名登録と言われる登録証も貴重です。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

武士道肥後国八代住赤松太郎兼裕作 丙申年初春
現代 74.6 1.9 0.68 以自家製鉄鍛之
長さ2尺4寸6分 重量鞘を払い1012gr
互の目丁子刃素晴らしく良く出来ています。
拵え 売約御礼

濃州八幡住兼国作之 昭和五十五年三月吉日(無鑑査刀匠)
現代 73.5 2 0.72 (備前長船長光写)
長さ2尺4寸3分 重量鞘を払い1076gr
尾川兼国刀匠は本名尾川邦彦。大正14年生。大坂新刀の横綱、津田越前守助廣写の濤乱刃を現代に見事に再現させ、文化庁長官賞、日本美術刀剣保存会会長賞、薫山賞の数々の賞を総なめにした現代刀工の代表者です。本刀は兼国刀匠55歳の力強い鎌倉時代の備前刀の横綱長船長光を写した名刀です。地金は小板目肌素晴らしく良く詰み、刃紋は長光写しの互の目乱れ刃匂いがきりりと締った足の入った見事な刃紋を焼き上げています。今回世の中に初めて生で出たために薄錆も有りますがそれも御愛嬌です。格安にて御提供いたします。有名な無鑑査刀匠兼国の名刀をお楽しみください。
拵え 売約御礼

脇差

伝青江・伝桃川長吉(大小拵付)
南北

室町
中期
64.8
53.7
2
1.4
0.65
0.57
大刀2尺1寸3分 小刀1尺7寸7分
本大小は江戸時代の高級武士の正式の大小です。大刀の青江であろう刀は南北朝時代にかかる(622年前)備中青江でしょう、姿は反りの深い太刀姿で彫は棒樋を掻き、地金は小板目肌良く詰み、細かな地沸が付き時代の古さを感じさせる乱れ映りを現し、刃紋は小沸出来の直刃を焼いて見事です。小刀の伝桃川長吉は南北朝時代江州甘露俊長の門人が越後に移住本脇差は室町時代文明頃(1469年)(546年前)の伝桃川長吉でしょう、姿は先反りの有る脇差姿で、地金は板目肌が流れ、刃紋は匂出来の細直刃が北国系統の最大特徴で見事です。大小拵えも小刀の目貫が一つ抜けていますがそれも時代の御愛嬌です。大小縁頭が鉄地に橘紋が貴重です。井伊家に繋がると思われる高級武士の大小拵えが本大小の刀に一段と華を添えています。この度世の中に初めて生で出たために、憧れの大小を持ちたい人に格安にて御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。


白鞘
拵え
白鞘
拵え
売約御礼

備前国長船祐定作

室町
末期

65.9 1.3 0.68 長さ2尺1寸7分
天文二十年頃1551年(465年前)陶隆房が大内義隆を倒した頃、上杉謙信と武田信玄が川中島の戦いをする頃、鉄砲伝来の頃、その様な情勢の時の戦国時代真最中に作られた備前国長船祐定の作です。姿は反りがややあり反りの位置は腰反で、元に踏ん張りがやや有り備前刀の代表的な良い姿を現しています。地金は板目肌を鍛え時代の経年変化の大肌も少し有りますがそれも御愛嬌です。刃紋は沸の付いた祐定の独特な腰の開いた互の目乱れ刃が、一部蟹の爪の様な所も有り、刃先から地に見事な映りを現し、大変覇気の有る刀です。遠くから見ても如何にも備前の刀と分る素晴らしい姿をしており、江戸期の簡素ですが拵えも一層本刀に華を添えています。戦国武将の腰に差された刀でしょう。古くから知られた刀の代名詞と言われる備前国長船祐定をお楽しみ下さいませ。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。
※保存刀剣合格済みです。鑑定書は届き次第掲載いたします。
拵え 売約御礼

伝森岡正吉(太刀拵付)
現代 61.2 1.6 0.75 長さ2尺1分
本国土佐南海太郎朝尊の孫、宮本包則や月山貞一に師事した森岡正吉の作であろうと思われる刀です。本刀の姿は豪壮な刀姿を現し、地金は小板目肌を良く鍛え力強い地金を鍛えています。刃紋は沸出来の大のたれ刃に大互の目乱れ刃を交え如何にも正宗十哲の郷義弘の刃を見る様な素晴らしく明るい刃を焼き上げています。拵えは葵紋の付いた銀一作金具の付いた豪華な糸巻き太刀拵えが一層本刀に華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

肥後国延寿宣古(のぶよし) 皇紀二千六百年二月日(古延寿写)
現代 68.4 1.4 0.7 応荒木□需作
長さ2尺2寸6分
本刀は戦後進駐軍に取られないように、防空壕に隠されていたために中心が傷み、判読が難しいところ、大分県教育委員会文化財保護課の方々が一生懸命判読したものです。延寿宣古刀匠70才の作品です。祖先の延寿国時を写した、そしてその元になる山城来国俊を見る様な地金小板目肌よく詰み、刃紋は直刃匂い口素晴らしく明るく良く出来ています。皇紀二千六百年を祝して作られた名刀を大切にして下さい。
白鞘 売約御礼

兼常磨上ル
室町
末期
61.8 1.6 0.52 長さ2尺4分弱
室町時代元亀二年七月(1571年)(445年前)織田信長より鍛冶職安堵の朱印状を賜り、関鍛冶総領事と称し関鍛冶の頭領として、又関鍛冶の名工として余りにも有名です。本刀は元は2尺2寸ほどの刀を戦国期の貴族の太刀の身とする為に1寸5分程すりあげられたのでしょう、中心にわざわざ磨り上げたとの記録を残し兼常の銘を大切に残して如何に本兼常の刀が大切だったかが判ります。本刀の姿は優美で優しい姿を現し、地金は板目肌に柾肌を現し、刀紋は小沸の付いた直刃を焼き小互の目を交え素晴らしく明るい刃を焼いています。どの様な素晴らしい太刀拵えに入っていたのでしょうか夢ある刀です。今回生で出たために特別に格安にて御提供いたします。織田信長有縁の名工兼常の刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

雲林院政盛(うじいまさもり)
室町
末期
30.6 0 1.01 長さ1尺
勢州雲林院鍛冶は有名ですが、現存作なく貴重です。大和手掻派の末流です。伊勢安濃郡の雲林院は尚武の地で剣聖塚原卜伝から秘伝を伝授された北畠具教を筆頭に卜伝流の正流は伊勢で波及しました。文亀(1501年)頃雲林院の地頭長野一族により大和から招請されました。本槍はそれを物語るかのような貴重な槍で最も古い槍かもしれません。作風は末手掻の面影を伝え、両鎬の槍で鎬が高く、地金は杢目に柾が交じり地に淡く映りを現し、刃紋は直刃を焼き、刃縁に掃きかけ心が有ります。正しく末手掻の名刀を拝見するような素晴らしく健全な槍です。何百年も大切に大切に受け継がれて来たものと思われます、この度世の中に初めて生で出たために特別に格安にてご提供いたします。お数寄者様がのどから手が出る位欲しい貴重な雲林院政盛の槍です。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
北越住兼宗(会津和泉守兼定門)
江戸
末期
16 0 0.65 慶応元年九月日(1865年)(151年前)
長さ5寸2分9厘
長岡藩工の兼宗は上杉謙信の春日山城でのお抱え鍛冶の関善定派兼則の子孫であり後関良賢派の祖と成る兼宗の子孫です。会津十一和泉守兼定の門に入り、長岡藩工に迎えられた名工です。本短刀は姿は冠落造の軽快な姿を見事に作り出しています。地金は小板目肌を良く鍛え、刃紋は匂出来の互の目乱れ刃を元から先までむら無く明るく焼き上げて見事です。拵えも当時のままの黒ロウ塗鞘に黒漆の蒔絵で井桁に卍紋を上品に現しています。長岡藩は幕末戊辰戦争で家老河井継之助の指揮で会津と共に官軍と戦った勇猛果敢な藩として余りにも有名です。兼宗刀匠も共に戦ったものと思われます。新潟長岡藩の名工兼宗刀匠の名短刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差
伝島田助宗
室町
末期
44 1.4 0.63 長さ 1尺4寸5分
駿州島田住助宗であろう天文頃(1540年)(475年前)の平造の脇差です。事実上の助宗初代作でしょう。助宗の本国は備前と言われ義助とは別系統と思われこの助宗が備前からきた鍛冶であったかも知れません。本脇差も平造やや反りの付いた姿で、地金は板目肌に淡く乱れ映りが立ち、刃紋は沸の付いた互の目乱れ刃を焼き金筋も交え、地に控えめな飛び焼きも現れ素晴らしく覇気有る刃を焼きあげています。刃に時代の相州伝を大いに加味した島田の特徴が現れて出来が大変良く出来ています。今回初めて世の中に生で出たために、研ぎも新しく致しました。伝島田助宗であろう脇差をお楽しみ下さいませ。格安にて御提供です。江戸時代の脇差拵えが一層本脇差に華を添えています。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼
脇差 備後国住正家 室町
末期
45.2 0.8 0.64 本備後国住正家は5代目で天正頃(1573年)備後三原(広島県)に住み、大和伝の作風を充分に備えているので大和系の刀工です。本脇差は鎬やや高く、小板目肌に刃よりに柾肌を現し、刃紋は互の目乱れ刃を上手に焼き、この様な焼き刃は古来から大変良く斬れるといわれています。大業物として古来有名な三原正家の5代目天正頃の脇差をお楽しみ下さいませ。 白鞘 売約御礼
脇差
作州住藤原兼景
江戸
初期
56.7 1.8 0.67 長さ1尺8寸7分
兼景は美濃直江志津兼行の末葉です。江戸時代元和頃(1615年)(401年前)作州津山に移住しました。本脇差は元は2尺近い刀をややすりあげて脇差にしたものです。姿は反りがやや有り、地鉄は黒く光り板目肌に柾目肌が交じり、地沸が良く付いています。刃紋はのたれ乱れ刃に尖り刃を交え刃中に金筋や砂流しが現れ二重刃も焼き、素晴らしく激しく焼き刃が働いて見ごたえの有る脇差を打ち上げています。南北朝時代の直江志津の刀の再現を狙ったものと思われます。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
短刀
信国(筑紫)
室町
初期
29.3 0.2 0.55 長さ9寸7分
京四代信国応永の山城左衛門尉信国門の初銘「定光」が筑紫に移住して信国に改めて、筑紫信国の祖となりました。本短刀は室町初期の応永頃(1400年)(615円前)の身幅がやや広く、重ねの薄い反りのややある平造の上品な姿です。地金は板目肌良く詰み、刃紋は互の目乱れ刃素晴らしく良く出来ています。本国の南北朝期の山城信国の短刀に見える位の名品です。お持ちの御数寄者様が大金を出され御集めになった短刀で、今回同好の志に格安にてお分けして下さいとの事で格安にて御提供いたします。古いためにやや薄錆びも有りますがそれも御愛嬌です。是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝越前関
江戸
初期
71.8 1.6 0.66 長さ2尺3寸7分 重量鞘を払い893gr
寛文1661年頃(355年前)の越前の刀工です。代表刀工は越前康継、長曽根興里入道虎鉄、等々名工を多く排出致しました。本刀も無銘なれど反りのやや有る中切っ先の優美な刀姿で、地金は板目肌が強く柾肌多く現れ、地金が北国地金でやや黒く輝いています。刃紋は互の目乱れ刃に金筋や砂流しを交え経年変化の為に刃の良く判らないところもありますが全般に覇気有る刃を焼いています。長年の戦国時代も収まり、世の中は平和を満喫していましたが、道場では、竹刀剣道が大変流行り、突き技が大層行われ流行として寛文新刀と言う突き技に適した反りの浅い刀が大いに作られました。本刀は居合に使用していた為に、切っ先の刃を怪我をしにくくする為に落しておりますが、素晴らしくバランスが良いために居合に今すぐにでも使用できます。今回生で世の中に初めて出ましたので格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
於日刀保大阪支部道場 水竜子貞心作之 昭和五十八年十二月吉日
現代 24.4 内反り 0.57 (棟銘)応需畑喜代與一氏
長さ8寸
水竜子貞心刀匠は明治45年生まれ。大阪市城東区住。月山貞勝門人。人間国宝月山貞一刀匠とは兄弟弟子です。本名川野充太郎、銘は源貞重、晩年は貞心と銘を切りました。本短刀は鎌倉時代の来国俊を写した見事な短刀です。姿は素晴らしく上品な良い短刀姿で、地金はその当時の最高の玉鋼を小板目肌に素晴らしく良く鍛え、力強い地金を鍛えています。刃紋は上品な沸の付いた直刃を匂い深々と焼き帽子は金筋を交え見事に返っています。当時は刀の好きな旦那衆が集まり、日刀保大阪支部長数田政治先生の工場の一部を借りて鍛錬所を作り、最高の玉鋼使い最高の刀匠に打たせていたものです。是非来国俊写しの名短刀をお楽しみ下さいませ。今回初めて生で出たために格安でご提供です。
白鞘 売約御礼
短刀
村正(と銘有)(妖刀村正)
室町
末期
16.9 0 0.46 長さ5寸5分7厘
妖刀の名で世界的に有名な村正と昔から伝えられた短刀ですがそれも御愛嬌です。本短刀は身幅やや狭く、重ねも薄く鋭利な姿を現し、中心は村正のたなご腹で、地金は板目肌に柾目肌が交じり、刃紋は直調のたれ乱れ刃を焼き如何にも良く切れる刃を焼いています。村正は伊勢の刀工、徳川家にあだなす刀ということで、江戸期は徳川幕府では特に忌み嫌った刀ですが有栖川親王が戊辰戦争の時に東征軍総大将になり、徳川幕府を打ち倒すとの意味を持ち、その時の佩刀が村正の刀で有ったことは、大変有名なお話です。村正の銘ある短刀を是非持ちたいと言う方に格安にて御提供いたします。村正とあくまでも伝えられた夢のある短刀をお楽しみください。
白鞘 売約御礼

小島国房作
現代 64.5 1.6 0.7 長さ2尺1寸3分 重量鞘を払い795gr
小島国房刀匠も昭和の刀工ですが戦後復活せず本刀は国房刀匠にとっても大変大切な刀です。本刀は細身の姿優しい刀姿を現し、地金は無地風の小板目肌素晴らしく良く詰んでいます。刃紋は互の目のたれ刃に尖った刃を交えているところを見ますと、小島国房刀匠は美濃の関で刀を作っていたのではないかと推察出来ます。拵えも江戸期の金具を使いお金の大変掛けた拵えとなっています。今回世の中に初めて生で出たために破格の価格で御提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼
短刀
祐定(鎧通し)
室町
末期
27.3 0 0.85 長さ9寸
室町末期天正四年頃(1576年)(440年前)織田信長が安土城に移った時の同年頃の短刀です。本短刀は有名な備前長船祐定の寸が延びた重ねの厚い戦国時代の短刀で鎧通しと言われる典型的な姿です。地金は板目肌に元から棒映りを現し、刃紋は典型的な匂い出来の直調の刃をきりりと焼き上げ素晴らしく上手です。鎧武者が組討で勝敗を決する時に使われる武士の命を掛けた大事な短刀です。現在柔道で押さえ込み30秒で1本勝ちになりますが、それは相手を押さえ込んで鎧通しを抜いて相手を刺す時間が30秒であれば可能との時間です。江戸時代の銅ハバキも貴重です。今は大変少なく貴重な重ねの厚い典型的な備前長船祐定の鎧通しの短刀をお楽しみ下さい。世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。
白鞘 売約御礼

越中則重末葉芝庄源国治作(剣)
江戸
初期
27.2 0 0.54 長さ9寸
古来剣は仏法で使用されたもので、邪を払う為に本剣は江戸期に作られた貴重な物です。現存作が非常に短刀に比べると極端に少なく貴重です。先がやや張った姿を現し、彫は鎬地に表裏腰樋を掻き、地金は小杢目に柾目肌を現し、一部刃に添って大肌が現れていますがそれも剣の製作上の御愛嬌です。刃紋は沸出来ののたれ乱れ刃に金筋や二重刃を現し良く出来ています。銘は読み取りが難しく源国治は元禄頃の(1688年)(328年前)三代仙台国包門かどうか今後の研究に待ちたいと思います。今回世の中に生で初めて出たために格安にて御提供いたしますお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
江州高木住貞宗(と鞘書有り)
南北
36.2 0.4 0.49 長さ1尺2寸
本脇差は身幅広く重ねが薄くやや反りが有る南北朝延文貞治型の姿をし、中心はやや膨らんだ相州中心を現し、地金は板目肌が流れ、刃紋は経年変化の為に直刃調の刃に焼きの匂い口が乱れて少々残っているのが見て取れます、刃中には金筋が現れ相州伝の趣が現れるところで相州上工の鞘書きに高木貞宗としたものと思われます。高木貞宗は相州貞宗の若打ちと言われていましたが、時代的にやや下がる為に現在は相州貞宗二代目とされています。本脇差はあくまでも鞘書きが高木貞宗であったらいいな位で考えて下さい。今回世の中に生で出たために将来の出世を期待して特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

平安城住下坂(両鎬の槍)
江戸
初期
15 0 1.32 長さ5寸
初代越前康継や弟子の下坂八郎左衛門は慶長1615年頃の刀工。本槍はその越前系統の刀工で、寛文頃(1661年)(354年前)京に出て活躍したものです。大変珍しい両鎬の槍を鍛え上げて、寸法が短く、身幅が広い姿をしており、地金は板目肌に柾肌が働き、刃紋は直刃に乱れを交え、明るく良く出来ています。古来槍は下坂と言われるぐらい下坂鍛冶の槍は素晴らしい槍を鍛えていました。又この本両鎬の槍は特別注文品の為に特に平安城住下坂と中心にわざわざ切っているのは、素晴らしい槍を鍛えたとの自信を持った作品です。今回生で出たために格安にてご提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

吉光(土佐)(槍)
室町
末期
10.6 0 1.16 長さ3寸6分(長さ15冖に 登録不要)
初代土佐吉光は鎌倉末期正安頃(1299年)粟田口正光の門と言われ、本槍は10代目位の慶長頃(1600年)(415年前)の吉光でこの槍がかの有名な土佐吉光の代表作の一つです。姿は優美な笹穂型の槍で地金は小板目肌良く詰み、刃紋は細直刃の典型作です。吉光の短刀はかの土佐の坂本竜馬の懐刀として四六時中懐深く忍ばせていた事でも有名です。吉光の槍の製作は大変少なく貴重です。坂本竜馬のかかわりの有る槍を是非お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

賀州住幸昌
江戸
中期
63.5 1.7 0.6 長さ2尺1寸
賀州幸昌は元は籐右衛門兼延が天文頃関の千手院より加賀に移住したのが始まりです。賀州幸昌は初代は木下五郎右衛門と言い、本刀は宝暦頃(1751年)(265年前)四代目の幸昌です。刀姿は反りやや深く先反りが有り優美な刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み柾目肌を交え明るく美しい地金を鍛え地金の良さを現しています。刃紋は匂い出来に小沸の付いた直調の刃に加賀の刀に特徴的な物打ちあたりに表裏箱乱れ風の大きな乱れを焼き意欲的な刃を焼いています、拵えも江戸期の黒蝋塗鞘の付いた拵えが一層本刀に華を添えています。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にご提供いたします。お楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

濃州関住兼松
室町
末期
71.1 1.5 0.67 長さ2尺3寸4分
本濃州関住兼松は室町時代天文頃(1543年)(473年前)丁度種子島にポルトガルから鉄砲が伝来した丁度その時に作られた刀です。姿は元々は2尺7寸位あった騎馬武者用の豪壮な長寸の太刀を江戸期に腰に差せる様に短くしたものです。地金は板目肌良く詰み柾目肌を現し力強い地金を鍛え、刃紋は沸の付いた互の目乱れ刃が変化有る高低を見せ粋な覇気有る刃を焼いて見事です。戦国時代美濃鍛冶は全国の戦国大名の刀の需要を備前長船鍛冶と共に担い大いに発展をした刀工です。古来兼松刀匠の刀は有名ですが現存作無く本刀は兼松刀匠の実力を如何なく発揮した名刀です。この度世の中に初めて生で出たために格安にて御提供いたします。定寸たっぷりある濃州関住兼松刀匠の刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

葵紋越前康継作之 以南蛮鉄(希望銘)
江戸
初期
68.4 1.5 0.73 長さ2尺2寸6分
康継は家康の三男結城秀康に越前にて抱えられ、慶長十年江戸に召され家康、秀忠両将軍の前で鍛刀し、激賞され褒美として葵紋と康の一字を賜り康継と改めた。徳川将軍家お抱え刀匠越前康継は江戸時代の最上作の名刀です。本刀はあくまでも希望銘です。しかしながら元先の幅の差がなく切っ先伸びた慶長新刀の特徴的姿を示し鍛えは板目に杢が交じって肌立ち、金色に黒味があり刃文は直刃調浅くのたれ小互の目を交え、小足さかんに入り、にえ良く付き、初代康継の特色ある作域を現し本刀は地金が常よりも一段と優れており加えて刃中の沸付きの状態など初代康継を髣髴とさせるものです。越前の利刀に後世康継の銘を入れたもので、江戸期は康継で通っていたものでしょう、生で出たために格安にて御提供致します。
拵え 売約御礼
脇差
摂州住助宗(ソボロ助廣弟子)
江戸
初期
58.9 1.6 0.76 (津田越前守助廣兄弟弟子)
長さ1尺9寸
室町時代天文頃の駿州(静岡県)島田助宗の三代目豊後守助宗の子供で、大坂に行き初代ソボロ助廣の弟子となり、津田越前守助廣の兄弟弟子として天下に有名な刀匠です。本脇差は江戸時代延宝頃(1673年)(343年前)の作品です、長寸で身幅広く豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み、刃紋は助廣写しの濤乱刃を見事に焼き上げ波しぶきの玉の焼きも焼き助廣との親密な関係が証明されています。拵えも江戸時代の印籠刻み鞘に一分刻み鞘に藍鮫を巻いた素晴らしい鞘の付いた肥後金具の付いた肥後拵えが一層本脇差に華を添えています、今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。助廣に匹敵する助宗の脇差をお楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

和州斑鳩住源貞弘 昭和四十三年七月吉日(奈良県重要無形文化財)(正宗写)
現代 67.8 1 0.77 応大和国大宇陀住出山治男需
長さ2尺2寸3分7厘
名人月山貞勝刀匠の弟子で人間国宝月山貞一刀匠と兄弟弟子の奈良県重要無形文化財喜多貞弘刀匠の正宗写しの素晴らしい刀です。姿は元身幅広く先身幅も広く切っ先の延びた鎌倉末期から南北朝期の大摺り上げの太刀姿を現し、地金は板目肌良く詰み素晴らしく力強い地金を鍛え、刃紋は互の目乱れ刃に金筋や砂流しを大胆に現し、正宗を見事に再現しています。喜多貞弘刀匠は当時相州伝の刀を作らせると右出でるものは無いと大鑑定家の佐藤寒山先生の太鼓判を押された日本一の名人として大変有名な刀匠です。今回世の中に初めて生で出たために特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

伝二王
南北
74 1 0.75 長さ2尺4寸4分
銘が朽ち込んで不明ですが周防の国(山口県)南北朝期の二王にみえる素晴らしい名刀です。二王の祖二王清綱は仁王門が火事で、仁王が鎖で繋がれ逃れられないところを二王清綱の刀で仁王の鎖を切りはなち仁王を助けたとの話から清綱以降二王と名乗ったと言われています。本刀の姿は反りの少ない姿を現し、地金は小板目肌良く詰み美しい地金を鍛え、映り気は少なく、刃紋は匂いのきりりと締った直刃を焼いて二重刃も焼き素晴らしく上手です。残念ながら銘が朽ち込んで良く判りません。どこから見ても名刀に間違いなく、来か延寿の刀にも見え将来が楽しみな刀です。今回世の中に初めて出たために格安にて御提供いたします。どうぞお楽しみくださいませ。
白鞘 売約御礼

福岡住宗正光 昭和四十三年二月日
現代 71.7 1.3 0.68 長さ2尺3寸7分 重量鞘を払い1049gr
宗正光刀匠は有名な宗勉刀匠の父であり、宗昌親刀匠の祖父です。宗一門の始祖として特に有名です。本名宗弘明治38年生まれ 本刀は元身幅広く先身幅も広く切っ先がやや延びた南北朝期の姿を現し、地金は本三枚鍛えで鍛えた小板目肌良く詰み明るい地金を鍛え、刃紋は小沸の付いた互の目に互の目の足が見事に入り、金筋を現し素晴らしく見事な焼き入れをし、素晴らしく技量の高さを示した刀です。拵えも現代の拵えですが本刀に一段と華を添えています。宗一門の始祖宗正光刀匠の貴重な刀をお楽しみ下さいませ。
拵え 売約御礼

真鍋純平作 平成丙子年春吉祥日(平成八年)(正宗写)
現代 70.7 1.6 0.82 長さ2尺3寸3分
真鍋純平刀匠は人間国宝宮入正平刀匠の内弟子として修業し現在関西に於いて素晴らしく高い評価を受けております。毎年神戸そごうでの個展では来場者数何千人という好評な個展を毎年開催しておりました。本刀は相州正宗を写した純平刀匠快心作となっております。姿は元身幅と先身幅の差が少ない切っ先の延びた豪壮な姿を現し、地金は小板目肌良く詰み一部には荒い鍛え肌も出ていますがそれも鍛えた証拠です、刃紋は正宗を写した沸の深いのたれ乱れ刃に互の目を交え相州伝奔放な自由な刃を焼き覇気が有ります。製作数少ない貴重な真鍋純平刀匠の名刀をお楽しみください。
白鞘
拵え
売約御礼


津田近江守助直 元禄六歳二月日

江戸
中期
67.6 2.6 0.73 長さ2尺2寸3分
津田近江守助直は寛永十六年(1639年)近江(滋賀県)高木村に生まれました、本刀は元禄六年(1693年)(323年前)助直54歳の作です。助直は大坂新刀の横綱津田越前守助廣の妹婿として余りにも有名です。本刀は反りが深く素晴らしく優美な姿を現し、地金は小板目肌が良く詰み地沸が素晴らしく良く付き、刃紋は濤乱刃を沸匂い深く焼き砂流しを現し助廣の作品に並ぶ名作です。江戸期の「鍛冶備考」の本に助直元禄2年51歳にて死すとされていましたが、本刀が見つかったために後世訂正されると言う資料的にも大変貴重な元禄六歳は助直作品の最終作にあたる記念すべき刀で、より一層本刀に価値を与えています。助直作品の最後の1口と言う貴重な歴史的価値ある刀をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差


伝則重(江戸期は正宗)

鎌倉
末期
55 1.4 0.62 長さ1尺8寸1分
相州国光門で相州正宗十哲で高名な則重です、鎌倉時代延慶(1308年)(708年前)の年号が有るので正宗よりも先輩鍛冶と言われています。本脇差は小太刀を二寸程すりあげたもので、江戸期は正宗と極められていたとの事です。姿は優美で、地金は板目肌を大胆に鍛え地景が見事に現れ、相州伝上工の硬軟の鉄を混ぜて鍛えたために異質の鉄が激しく現れ、地沸が激しく付き松皮肌とも見える地金の為に後世則重と極められたのでしょうか、刃紋は淡雪が積もれる如くの小沸出来の如何にも上品なのたれ乱れ刃に互の目を交え金筋を見事に現しどこから見ても相州上工の作に間違いなくはばきも金無垢はばきが付江戸期には正宗として素晴らしい拵えが付いた大名道具として大切にされていたものでしょう。正宗を是非お持ちになりたい人に特別に格安にて御提供いたします。お楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼


助包 八月日

鎌倉
初期
63.5 1.9 0.75 長さ2尺9分
銘文からしますと有名な古備前助包となります。鎌倉初期元暦頃(1184年)(831年前)ですが、鑑定書では室町応永頃(1394年)(621年前)で約200年の差が出ていますが、本刀は腰反りで踏ん張りが有り、地金は板目肌が流れ、見事な乱れ映りを現し、刃紋は沸出来の互の目乱れ刃を焼き古調です。本来は小太刀で作られているので銘は刀銘でも良いので、時代は鎌倉時代に遡っても良いのではないかと思われますが、但し残念ながら助包の在銘作が殆ど現存しない為に後世の研究を待たなければなりませんが、古い時代の素晴らしい備前の乱れ映りが現れているだけに備前以外には行けず初期日本刀の古備前助包に繋がる刀工で有る事は確かでしょう。大変ロマンの有る助包をお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼

貞行(備後尾道住貞行)
室町
中期
64 2 0.59 長さ2尺1寸1分
本刀は備後尾道住貞行でしょう。時代は室町時代の長享頃(1487年)(529年前)五阿弥と称していました。姿は腰反りが高く地金は板目肌に柾肌が多く現れ、どちらかと言うと大和伝系にも見られます。地には乱れ映りが見事に現れ、映りを自分の目で見たいと言う人には典型的な映りで素晴らしく良い勉強ができます。刃紋は匂い出来の直ぐ調ののたれ乱れ刃を古調に焼き上手です。貞行二字銘は石州直綱門や豊後高田友行門にもあり、映りを多く出しているところと腰反りが高い所から備前にどこか通じる為に備後尾道住貞行で良いのでしょう、この度生で世の中に初めて出たために今後の研究に待ちたいと思います。特別に格安にて御提供いたしますお楽しみ下さいませ。
白鞘 売約御礼
脇差
波平吉安作
室町
中期
50.4 1.3 0.58 長さ1尺6寸
室町時代享徳頃(1452年)(563年前)に薩摩刀工で波平吉安と銘する刀工がいます。本脇差は姿は優美な脇差姿をし。地金小板目肌素晴らしく良く詰み、綺麗な地金を鍛え、刃紋は元を焼き落した古調な沸の良く付いたのたれ乱れ刃、大変風流な刃紋を焼き独創的な刃を焼き上げています。帽子は古調な小切っ先で乱れ込んで返っています。波平吉安は現存作少ないため未見の為に良く判りませんが、拵えも幕末の茶塗鞘に素銅地の鍔、赤銅魚々子地に丸に鷹の羽の家紋の付いた縁頭、目貫が鷺の図が本刀を一層華やかに飾っています。今回初めて生で出たために薄錆も有りますがそれも御愛嬌です。お楽しみ下さいませ。
白鞘
拵え
売約御礼

ここは過去に取り扱った日本刀を並べています。現在 販売されている展示 日本刀 はこちら



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